ケガレ・祓へ・潔斎

☆ケガレを祓うと一般に言っていますが、まずは汚れたものをすすぐイメージがありますね。

それでは実際にはケガレをどのように捉えているのか述べてみます。
人は五感=視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚、そして第六感を通じていろんな事を感じ取り判断の材料にしています。ケガレも同じようにまず五感に感じます、そのことを魄に感じると言っています。つまり肉体に感じ取る言うことです。具体的には体調の変調として感じ取ることが多いものです。たとえば、疲れる、頭が痛い、ぼんやりする、眠気がしてくるなどから、風邪の引き始めの症状や悪寒、咳、吐き気、微熱の出た感じなど。
さらに病気の相手に強く感応した場合は相手の病気と同じような症状が出てきたりします。自分の経験ではひどい時は三日ほど寝込んで二週間ぐらい元の体調に戻らないことが頻繁にありました。いつも病気でなく霊的な症状だからほっておくことが多かったのですが、むくみが長期的に続いた時は医者から腎臓の検査を受けるように言われました。そして、そんなことやっていると確実に機能は失われていると指摘されたことがあり、それ以来きちんと医者に罹っております。

ケガレを受けて急に体調がおかしくなった場合でも、現象として出た場合は医療行為は必要になります。経験的には漢方的見立て(診断)と投薬や施術が効果があるようです。霊的というかある種の影響・感受性で病気と同じ症状が出ているからなのでしょうか、軽い症状の時は検査等では何も出ないこともよくあります。まあ、未病以前とでも言ったらいいのでしょうか?。
リンパ線と漢方の経絡とヨガで言うチャクラには邪気、汚気、悪気といわれるものが溜まってしまいます。もちろん経絡、チャクラなんてものは実際の体には存在しないものです。しかしケガレを祓い続けていくと様々な感性が研ぎ澄まされていきます、そして今まで感じ取ることが無かったものが少しずつ感じられるようになり、ケガレていること清まっていることの区別が判然とつくようになります。
それは場所や空間のケガレ、物についてるケガレ、思想などの考え方や人の思い、感情などのケガレなど、あらゆる所に気の清濁があることを感じ分けるようになります。

ケガレを受けた場合はお祓いをすることになるのですが、まず禊ぎをするこれはお風呂に入ったりシャワーの温水でも効果はあります。塩や汲み置きの海水、井戸水、また入浴剤も効果的です。息を吐く、吐瀉する、排泄する、汗をかく、漢方で言うと寫の行為をすると穢れを体の外に出すことが出来ます。
人は無意識に体の痛いところに手を置きますそれで手当と言いますが、手から出る気の効果もありますが触る揉む叩くなどの刺激でも取れていきます。ケガレも体の中を移動するものは最後は手先、足先、肛門周辺から出て行きます。また、祓い代とも言いますが人形や麻などで体を撫でてケガレを吸い取らせることをしますが、常緑樹の小枝、榊なども効果的に取れます。最も効果が強いのは海水につかることです、裸足になり手足を洗うだけでも随分と変わります。
強いケガレはお祓いを何度となく繰り返して徐々に取れていくことが多く、一度でスッキリ全部取れることはありません。表面が取れると体の中からまた浮き上がってくる感じです。

目の前に起こる様々な出来事は

○ 髙宮八幡宮様には大変御世話になっております。日々のお祈りを大切に重ねる毎に、神様からのお教えを強く強く頂いていると感じるようになって参りました。
不思議なことに仕事上のことは物事が思いもかけず良い方へ良い方へと向かい、会社の中では日に日にそれぞれが個性を発揮して頑張っている姿が感じられるようになりました。また健康に関することにも不思議な力が働き助けられております。

目の前に起こる様々な出来事は良いも悪いもすべて意味を持って現れていると言うことに気付かせて頂きました。何故このような悪い事が起きたのだろうかと思うのではなく、どうしたらこの難局を乗り越えられるのか、また将来に起こるだろう出来事に神様が早めの準備を設けて下さったのだと考えられるようになりました。
そうしますと日常の諸般の出来事を柔軟に心が受け止められるようにも成りました。ご先祖様あっての今生の私ども、世間様あっての暮らしとを考えると感謝の念でいっぱいです。生かされている日々を大切に過ごすことが何よりでございます。これよりもお祈り致します、どうぞよろしくお願い申し上げます。

国安かれ民安かれ 祭事(まつりごと)・政(まつりごと)

皇室では神代より神事優先を常として来ました。それは祭事(神事)を行い政(政治)に過ち無きを期すと言われています。政治は神々のご照覧の元に行うものとされており、潔斎するという私利私欲を捨て神々=公に準ずる心持ちにて行うものとされてきました。
陛下は常にも国と国民のことを天津神国津神に祈られておられます。そして、陛下の祈りに呼応して国民も同じく祈っているのが日本の国柄です。この君民一体の祈りが日本を「和の国」たらしめており、これが二千年以上続く世界最古の王朝の本質であると拝察しております。

今、西洋から言うところの極東と言われる地域が危機的な状態にあります。日本の置かれた状態は反日国家に囲まれ、脅しすかされている様であり、江戸時代に結ばされた不平等条約を再度結ばされるのか、やがて国土が分断されて他国の統治下に置かれるのではないのか危惧されます。
そんな最中、日本は自国を防衛することが不可能な状態です。日本神話の中で、天照大御神は須佐之男命が荒ぶりながら高天の原にやってくる時武装して迎えられています。「目には目を歯には歯を」とする西洋と違う、「和の国」の神々の世界でさえ抑止力としての武装は行われております。
秩序を保ち品格を維持するにも必要なことすべき事はあります。その上でこそ「和の国」の品格は保つことが出来る。有色人種唯一の独立国を維持してきた日本人の品格を守ることが天壌無窮の神勅を守り継承する所以と思われる。

神道の真髄は神霊とのつながり

◎ 師や先達を通じて心境が進み、志が堅固になって神に正見出来たなら、神直接の教えを受け取りなさい。人の濁れる知恵などに依らずに…。

何も心配なさるな。人は神授の直日霊を受けており、直日霊に解らぬものなどはない。随神の正道は人の真心浄心に託すのみ。

◎ 日本が世界に誇るべき一番の精神性、世界の行き着く先の唯一の希望となる道(教え)。それがこの日本文化、神道の心髄としてあるかんながらの道、古道と言われるものだと思っています。
世界中には多くの信仰の書や精神世界の本などありますが、人の本質である直日霊について触れた文章はほとんどありません。この直日霊の突き動かしにより「和の国」と言い、「和を以て貴しと為す。」とした日本人。「人種差別撤廃」を説き「植民地解放」を導いた日本人。今、日本人はこの道を継承しなくてはならぬ使命があると思っています。

「自灯明、法灯明」

「自灯明、法灯明」
お釈迦様の入滅される前に弟子に示された最後の教えだといわれる、「自灯明、法灯明」と言う言葉があります。
その解説は「釈尊の死が間近であったときに、師が亡くなったら、何に頼ればよいのかと嘆く弟子のアーナンダに対して諭された言葉である。釈尊はアーナンダの問いに答えて、私や他者に頼ってはならない。自己とダルマ(理法)を拠りどころとせよと釈尊は説かれた。」とあります。

「自灯明、法灯明」を無粋にも直日霊を中心に私見を申し上げますと、自灯明は自己を滅し、自己の本質に帰ることであり、直日霊に成りきれと言うことになります。人の本質が神であることを前提として、人は神と共にこの世の生成化育に寄与することとされます。
法灯明とは宇宙の大法である天御中主神の生成化育の経綸に違わず生きて行くことです。宇宙、自然、人はすべて神の内分にあり、人は神より直日霊を頂く万物の霊長の使命を有しています。
さらに言い換えますと自灯明は自己の神性に目覚めその神性を拠り所とし、それを師とすることです。法灯明は神々の経綸を拠り所とせよと解されます。神々を自然を師とすることです。その状態その有り様を古く日本では随神=かんながら、または古道と呼んでいます。