1月の行事

大晦日から元旦にかけて

大晦日は年が変わった「午前零時」よりお詣りができます。
元日は夜通しお参りできますのでどうぞ皆様御参拝ください。

新年は家内安全の御祈願をお受けください。

お正月三が日は売店もやっております。

3日   10時頃   元始祭

※神道講座はお休みです

14日 成人の日  10時~12時  どんど焼き

 

 

行の祈り

一回目のお祈りが終わりました。
心なしか家族共々良い方向に向かいだしたのではないかと嬉しく思っております。
息子の体調精神面、私の仕事上の問題など一朝一夕にはいきませんが、続けて参りたいと思っております。   M・F

通じ合うということー見えざる物を貴ぶ 心を養う2

都会で自然環境の規模も小さいので、この地は自然環境がケガレを浄化するには不十分です。それで神主が潔斎して神霊の祓いをお願いし、なおかつ熱心な氏子さんがいてこそ保たれています。
それで祈願の量を調整したり、熱心で清らかな方にご神霊の増長弥栄をお祈りして頂き神社護持のお手伝いと共に家内安全と霊性向上の祈り(崇敬会)をして頂いております。
参集される皆様の真心の積み重ねで奇跡的に今の状況を保っていると拝察申し上げており、お陰様でその真心に答えて頂く神霊のご守護のあらたかさを深く感じております。
これらのことは人が心もその意識も肉体も他の存在と通じ合う同調することの現れです。これを感応同行すると言い、古語では感(かま)けると言っております。このかまけるというと心奪われ捕らわれると言う意味合いで、知らない内に何か見えざる物に心奪われる、我を忘れてしまう、憑きものされてしまう、という感じがあります。
自分自身のことを思い返せば思い当たるところが多々あり、気がつかない内に周囲からいろんな影響を受けていることがあります。自分の体調をはじめ物の好き嫌いや嗜好、思想や思いつきなども作用されています。「朱に染まれば赤くなる」とは言いますが、つきあいの大切さその影響は知らない内に人の霊性にまでも作用しますから大変恐ろしいことです。また改めて自分を省みれば色んなことにかまけて人生歩んできた訳で、良いも悪いも判断できてないことが多く、運良く此処に居るという風に思えます。
ご縁が大切とは言いますがそれを取捨選択したのは自分自身というより神様のお力。「困った時の神頼み」と言いますが、「困らぬ先に神頼み」して神に手を引いて頂き、神の杖を頂きお支えして貰ってやってこられたと思います。お陰様(神様)に気がつかない内にお支え頂いたのでした。

知らない内に様々なモノと通じ合う私ども。体と心、その間に関わる気や幽体、アストラルなど正邪の区別なく存在しております。正神と正佛とモノノケの区別は人の知恵では区別できません。神を祈り想う真心だけが正神に感応し自ずと邪を避けていくとされています。
体や心、気=幽体のケガレはモノの祓いで取れていきます。例えば禊ぎをする、祈り祝詞を唱える、お祓いを受ける、人形祓いなど。しかし、魂にかかるケガレは鎮魂によって正神界の神気を直接受けなければ祓えないとされております。
鎮魂法(真の修行=神と通じる法)は真心を練り鍛えることだとされる所以がここにあります。

本来なら秘して語らず。口伝とされ、教わるべき境涯に足しないと誤解を生みやすく、注意して語るべきところまで申し上げております。それほど世は危機的な状況となっているようです。

通じ合うということー見えざる物を貴ぶ 心を養う

先日久しぶりに朝まで寝付けない日があり、気がつけば、その日には相談を受ける予定がありました。内容はうつ病になり仕事に行けなくなっているとのこと。
ふと眠れますか?問うと「昨日は一睡も眠れなかった」との答えがありました。自分が眠れなかったのはこのことだと実感しました。相談や祈願で人に会う場合は相手がそのことを強く意識しているので、祈願者や相談者の病気の場所や傷みの感じが遷ってきやすくなります。本人だけでなく家族や知人、亡くなっているご先祖のことまで伝わってきます。

感受性の高い方は良い場所や苦手な場所を感じ取ります。そして人や物にも同じように感じられる方が多いものです。そのことに気付くのは苦手な場合へ行くと何となく嫌な感じを受けることや疲れるということからはじまります。このような感受性を持っておられる方でも薄々気づいてはいるけど本人には自覚がない方が多いです。
感じることに自覚的になるとさらに敏感になり首が詰まり肩が凝る、足が重くなる、頭が重い吐き気、咳が出る、喉が渇くなどの軽い違和感を感じるようになります。そして、そのようなことが起こりえることを体験的に気付き、そのことを許容すると常に様々な気・波動に気付くようになります。人によっては過敏になり体調を壊しやすくなりますので注意が必要になってきます。※(この感受性に自分の思い込みや幻想が重なり、思い込みを現実のように感じ出す事があります。この時、現実と妄想を峻別しなくはいけないのですが、自分の心を自分で制御する危うさがあります。誰しも自然に行っていることなのでしょうが、これが上手くいかない時、心の彷徨が止めどなく続くようになるので細心の注意が必要です。)

痛みなどの辛い症状を感じだし何らかの病気に罹ったのではと感じ、例えば風邪を引いたと思い薬を飲んだり病院に行くことになることもあります。物理的に体に症状が出たならそれに対処することも必要です。漢方的な対処療法は汚気を出すと言う意味合いもありお祓いの祈願と同じく体調を取り戻すには効果的です。

良い場所や気の良い人に会うと体が楽になり、頭がスッキリして気分が良くなります。人混みや雑踏を避けて海岸や森林浴や河辺などの、自然豊かな場所に人が行くのも気の良さを感じてのことです。お祓いを受けるとスッキリして清々しく感じるのはケガレが祓われるからです。当社にお参りに来て下さる多くの方から、ここに来ると気分が良くなりスッキリすると言われます。当社は都会の中では緑豊かと言えるのかも知れませんが、残念ながら大きな森や川、海はありません。しかし、小さな森ですが自然の気に高貴な神霊の気が降りており、大袈裟に言うとこの世の至宝と思っております。