「神道がめざすもの」〈3.11以降の世界の状況〉講演録2


〈神の手紙(みこころ)を読む〉

先月(八月)二九日の午後のことであります。神前で横になっていた時、いつの間にか眠ってしまったらしく、風呂場はもとより、ありとあらゆるところの蛇口から水が激しい勢いで流れ出ており、家の中は大洪水といった有様で、その水流で押し流されそうになる、といった大変な水の恐怖に襲われました。ハッとして目覚め、未だ恐怖も冷めやらぬ中、今日、博多から新幹線で帰阪途中にある筈の某夫人に「とにかく、水に注意するように」と電話したところ、「今、姫路を通過中」であるとのことであった。そして、今月4日、5日になって、彼女はその神のご警告の意味を驚きと共に知ることになる。台風一二号による記録的な豪雨が紀伊を襲い、そのために甚大な被害を蒙ったことを、テレビのニュースで見たからであります。あの三月一一日の大震災の悪夢が再び蘇って来たかの如き感があります。水の破壊力のもの凄さ…。それはそのまま、大自然の、「神の怒り」そのものであります。今、地球上のあらゆるものが崩壊し始めました。
失意の中で立ち直れずにいた私は、未だに神が人類の罪をお許しになってはいないということを知って、愕然としました。神への深いお詫びと反省無くして、真の復興など決して有り得ないということを改めて思い知った。
今、自分がこの世にこうして生きているのは一体、誰の御蔭なのか。自分の生命を此の世に生み出し、これまで手塩にかけて育て育んで下さった大恩ある親に対してさえも、不義理ばかりして来たのである。現代日本人はその生き方の中から、「親の面倒を見る」という大切な心を失ってしまったのである。親・先祖の御霊を大切にしない者が、此の世で自分たちだけは幸せに暮らせるなどという事は断じてないということを今の人たちは知らないのだろうか。
神によって生かされ生きるこの身でありながら、「人間さま」は生命の源である聖なるもの(神や親・先祖の御霊)に対する畏敬の念を喪失し、人主義に堕してすっかり傲慢に成り果ててしまいました。どうにも救いようのない人間たち。神々は人類の愚かさに対して「これでもわからぬか」と強い警告を発し、お気付けをしておられるのだが、それさえも誰一人気づかないとは、これまた何としたことであろうか。こうした「神の知らせ」(神からの手紙)は誰にでも発送されている筈なのだが、霊性が麻痺した人間たちは一向にそれに気付かないのである。