「神道がめざすもの」〈3.11以降の世界の状況〉講演録 平成23年9月8日


一 はじめに

神職の皆様方にはいつも斯道のためにご尽力され、まことに御苦労に存じます。

さて、講話や講演となると、大抵は要領よく、当たり障りの無い、どこでも言われるような最大公約数的なことを話すのが一般的でありますが、私はそのような面白みのない、無駄なことは致しません。第一、それは御神霊・御英霊に対しても、また皆様方に対しても最大の無礼であります。
自分自身の考えや意見を言わずして、皆、ありきたりの他人の意見ばかりを口にしてお茶を濁して、そんなものが一体何のためになるというのでしょうか。一期一会という言葉が御座いますが、誰にとっても二度とは無い、かけがえの無い、この生命(いのち)の時間を無駄にしてしまっては、神々やご先祖様方に対しても大変申し訳ないことです。
特に世界は今、あらゆる面で崩壊の兆しが見えており、のっぴきならない大きな時代の転換期を迎えております。これからがまさに、日本が世界に対して大きな役割(人類が真に生きるべき道を明らかにするという使命)を果たすべき時が来たと実感致しております。世界の滅亡を真に救えるのは、何よりも神霊の実在を説き、生命(いのち)を畏敬する生き方(教え)を実践する日本の神道しかありません。従って、皆さま方、神職一人一人の責務は真に重大であるという訳であります。
ということで、今日は、神道研究者として、また神道信仰に生きて来た者の一人として、神道が抱える課題やその目指す道について私なりの心情を吐露させて戴き、いささかでも専門神職の方々にお役に立てれ・・と願っております。

神道は天地悠久の大道であり、あまりにも霊妙且つ深遠であるために、神道が包括するその全容というものは人がどんなに言葉を尽して「これこれこうである」と語ったとしても、それはただ単に神道の一面を述べたに過ぎず、その全容や本質部分というものは両手に掬(すく)った水が指の間から直ぐに漏れ落ちて行くように、決して掴み得ないものであり、また決して語り尽せるというものではないと思います。今日はそれを十分承知の上で、このまたとない機会に御神霊・御英霊の御加護とお導きを請いつつ、本日のテーマについてお互いにジックリと考えて見たいと思います。

二 今、人類の生き方が問われている

私たちは近代化と共に、日本人として、人(霊止)として無くしてはならないとてつもない大切なもの(日本人としての気高い霊性の輝き)を失ってしまったという感が強くあります。今日は、日本人
の霊魂(タマ=霊性)の働きが一体どんなものであったかを見直し、考え直してみたいと思います。
今、私たち日本人のみならず、地球上に生きる人間の、人類の生き方そのものが大きく問われております。人類のこれまでの生き方に対する大精算が行われ、あらゆるものが崩壊の一途にあります。日本だけに限って言えば、三月十一日の東北関東大震災や福島原発事故はいったい何を私たちに語り伝えようとしているのでしようか。
結論を先取りして端的に申しますと、私たち(人類)が「神を見失った」ということであり、「神意に反しては一日たりとも生きて行けないのだ」ということであります。先祖以来、大自然のはたらきに神の存在を感得し、「自然は神なり」としてあらゆるものの中に生命の息吹を感じ、讃え、神と共なる生活をして来た私たち日本人です。山には山の神が、海にはわだつみの神が、そして樹齢数百年もの樹木には注連縄を張り巡らして「これは御神木」であるとして聖別し、大切にしてきました。 その私たち日本人が、太平洋プレートやフィリピン・プレート、ユーラシア・プレートなど幾つものプレート上にある日本列島であることを知りながら、火山大国・地震大国日本であることを承知しながら、活断層の上に平気で五四基もの原子力発電所を建設し、緑なす山や森、河、美しい海、母なる大地を放射能で汚して来たのです。清浄を尊び、穢れを忌み避けて来たはずの日本人が、これに対して何とも思わなくなってしまったのですから、これは「神への冒涜」以外のなにものでもありません。日本人の霊性が麻痺したのだとしか言いようがありません。