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高宮八幡宮社報 やまもも <発行> |
只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心
第9号 平成14年1月 発行
初詣 お正月のご案内 御遷宮四百年記念事業
心を深める 鎮守の森の自然感(第2回) 夫婦別姓 日華親善友好訪問
12月、1月、2月の行事
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○初詣はご家族でお参りください 初詣は一年無事に過ごさせていただいたと言う感謝の気持ちとこの一年も無事でありますようにお願いいたします。 そこには神仏(自然・親先祖を含む)に生かされていることに感謝し、 《命の尊厳》や命の背後にある《見えざる神仏》そのものに対する畏敬の念がありました。 日本の年中行事には、親から子へ「神仏への感謝」や「命の尊厳」、「人としてどの様に生きるべきなのか」を 身を以て伝える働きがあるのです。 お正月のお年玉はその年(一年間)を生きるエネルギーを意味します。昔はお餅を神棚に供えて年輩者から貰いました。 威儀を正して参拝する姿には命の尊厳を感じさせる物があります、「ハレ」とは命の尊厳を称える意味を持っています。 お正月(年中行事)は命の大切さや人の生きる道を伝えるの教育の場でもあるのです。 ご家族で初春の正式参拝をしましょう。
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大晦日から元旦までは深夜も開けております。神主、巫女、宮総代、宮世話人がお待ちいたしております。 大晦日深夜は混み合いますので足下にご注意ください。 授与品 御祈願 祈願料 ◎お札の内、大麻と呼ばれるお札をお社の中に入れてお祀りします。 家内安全や商売繁盛などの願い事の書いた札は祈願札と呼ばれお社の中に入れません。 ◎福笹 当社の福笹は御境内の山桃の種をお守りとして下げてあります。 これは桃の実が魔よけになるとする故事によるものです。 お宮の総代が心を込めて謹製いたします。 ◎お札やお守りは一年過ぎれば新しく求めます。その折り古いお札やお守りをお返しします。 当社では一月十四日(成人の日)にどんど焼きを行いますのでこの時に納札されるのも良いでしょう。 |
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○ 御遷宮四百年記念事業 ○ 当社は平成十四年から御遷宮の準備を致します。宮の尾と呼ばれる、現在のTNCテレビ塔一帯の高いところから、 今の場所に戻られてからちょうど四百年目に当たります。 この目出度い年を記念いたしまして、御造営事業を計画いたしております。 お気づきのとおり老朽化して危険な建物がございますので、全体の計画が立ち次第随時行う予定でございます。 神社の伝統護持と日本文化の継承に皆様のご理解と暖かいご支援をお願いいたします。 お正月は御社頭にて受付を行います、 一口、千円よりお願い致します。 |
代々の神職でない私には、実は一番大切な神の実在に確信がなく、奉仕の心構えも判らず神職の生活の前半は悩みの連続でした。 それを神も哀れとご覧になったのでしょう。いろいろの形で導いてくださいました。 段々理解が出来て参りましたのは、昭和四十年頃のことです。 有り難く思って居ましたところ、機会があって神道講座を開くことになり、皆さんとご一緒に心を磨いて参りましたが、これは私自身の勉強でした。 その御陰で、今日でも嬉しい日々を過ごしております。それで皆様のご参考になりますれば、これに過ぎるものはございません。 神様へのお礼の一端にもなるのではないかと思いまして、今までの講座内容の趣旨をまとめてみました。 ほんの粗筋ですが、ご覧いただきますと有り難いのです。 心を深める 信仰者には心の清浄が大切です。その状態は自分も心が安らかで嬉しく、神様の御恩に対し感謝の思いで過ごすことが出来るものです。 その心境への実践方法の概略です。すでに実践して居られましょうが、一つなりともお役に立てばと思っています。 日常の心構え 信仰を深める為には、どんな事があっても、自分を神に捧げる気持ちで居ることが大切です。 その為には、常に心の清浄を保っていなければいけません。 そのようにして神に接近することです。そうすれば神も側に寄られるのです。 心の中に、恒に念頭に神を置くことです。心に置くとは恒にわすれない事です。 自分の心と神の心とが一致しないと通じ合えないのです。自分の神に祈れば、商売は商売の神に、勉強は勉強の神に頼まれ(連絡が行き)、 その受け持ちの神が動かれるのです。 立腹していたり、イライラしている時は拝むのを遠慮すべきものです。 心が円満でないと神からは守りがたいのです。それは心が正常な状態でないからです。 こうした心の清浄化の修行が進めば、神明のお働きが体感出来てくるものです。 |
鏡を見る 本当の自分の心の状態がわかれば一層心の修行が進みます。鏡を見るのも修行の一つです。 それは、自分の心の状態が自覚がなくてもハッキリと分かるからです。 それで鏡を見て、今の自分の気持ちと顔色を比較しながら、今度は自ら清浄に向かって努力するわけです。 さらに進めば意識していない心の奥の状態も判ってきます。 毎日朝と夜と二回鏡に写った自分の顔を見ます。私は朝夕神棚を拝む時に自分の前に鏡を置いて見ています。 心が乱れれば顔にシミが出ます。心が汚れて居れば顔が黒く垢抜けしないのです。 怒りなどの考え事があれば顔の色艶がなくなります。鏡をしまう時は、神仏の方に向けて置かぬ事、伏せておきます。 その日その日の努力 先がどうなるのか思い煩うよりも、今日、今に全力を尽くすことです。 先がどうなるかのかは判らないのですから、それよりも今の問題の処理に尽くすべきものです。 私どもは神の指示を戴くことが出来るのですから、今の指示されたことの処理が大切です。 将来のことをあれこれと心配することは不幸に巻き込まれる因にもなります。 勿論私どもなりの計画は立てるべきでしょうが、それが神意に沿うものであれば順調に行く筈です。 私どもは、将来を想像することは出来ますが、あくまでも推察であって、 その問題が自分の知らないところで今どう動いているのか、それは判らないから明日どう展開するかは、本当は何も判らないのです。 ですから、いっそ神様にお預けして行こうと言うわけです。 ところが普通の場合は、どう展開して行くのか心配で、悩みの種です。それは先のことが判らないからです。 どんなに困難に遭うとも、悩むことも苦しむことも神にお預けするのです。 問題を処理しようとする時は、神に祈ることによって神が一緒に動かれるのですから。 自分に判ることは、今起こっている事だけの筈です。 ですから、心おきなく、物事に捕らわれることなく生きることが出来るのです。
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| 鎮守の杜の自然観 第2回
「鎮守の森」という言葉は生態学の学術用語として、ドイツ語、英語、フランス語でも使われているという。 鎮守の森を学術用語としたのは横浜国立大学名誉教授の宮脇昭博士であります。 宮脇博士は阪神大震災の直後に被災状況を視察に行かれ、鎮守の森の環境保全と災害防止の機能が予想をはるかに上回っていたことに、 驚くと共に自然へのより強い畏敬を感じたと感想を述べられている。 鎮守の森に代表される自然のままの環境で樹木が存在している神社仏閣を始め、鎮守の森に連なる並木道として一列づつでも樹木が続いているところでは、建物の倒壊は無く、火災もその並木によって止まっていたと話されている。 それらの木は人が植えたものでなく、常緑樹の高木である樫、楠などである。 一般の住宅地でも自然木を二〜三本残してあるところはほとんど建物の倒壊が無かったとのことである。 そして、宮脇博士の言う鎮守の森とは環境保全と災害防止の機能に止まらず、心の宿る、魂の宿る、命と文化と感性を養う森。 それこそが日本人が二千年来守り続けてきた日本人の英知の結集である鎮守の森であると言われる。 それ故、鎮守の森と言う言葉にはドイツ語にも英語にも訳しきれない、日本人の文化・心・伝統が濃縮している鎮守の森の思想があると言われる。 《宮脇 昭 『鎮守の森の思想』より》 次回予告、多様性こそ自然の表現・生理的最適状態と生態的最適状態。 どうなるの 夫婦別姓の最終目的は「家=イエ意識」「結婚制度」「戸籍制度」の破壊、変容にあるとしています。 それは結婚式をしない、婚姻届を出さないという「事実婚」(同棲)を増やし、「親子別姓」「兄弟別姓」ということが当たり前となることになります。 家族制度が壊れ、家族の機能と価値が無くなります。伝統は失われ親から子へ継承された精神性や価値観、 つまり人としてどの様に生きるのかということまで伝わらなくなります。もはや家族という血の通った暖かい物ではなくなり、 法的に契約と権利の関係になってしまいます。 この選択的夫婦別姓を導入したスウエーデンでは離婚率が50%を越えています。旧ソ連はその悪影響を認め廃止いたしました。 日本に於いては〈ご先祖を祀る〉という古来からの信仰・習俗を無くすことになります。 親から子への継承 日本人は親から子供へ物事を伝え、そしてその子供は親になって子供へ伝える。この生命の連続に永遠を見ております。 弥栄(いやさか)という言葉は増す増すに栄えるという生命の連続継承を称え祈る言祝ぎの言葉です。 親の姿を見て子は育つと申しますが、取り分け日本人は常日頃の神棚や仏壇に手を合わせている姿や、 正月やお盆や祭礼などの年中行事の中で、生活習慣(躾)として命の尊厳を始め人として、 どの様にして生きるべきかなどの大事なことを身につけていきます。 人として当然すべきこと、してはいけないことなども、「天に唾する」「ご先祖に合わせる顔がない」 「恥を知る」という言葉で人としての自覚を促してきました。 夫婦別姓は家族やその文化伝承のシステムを葬り去ることになります。それは日本人の精神性を危うくし心の荒廃に拍車をかけ、 不安な社会は人と国までも蝕んでいくことになるでしょう。 |
九州不動産専門学校 理事長 小菅亥三郎氏(高宮八幡宮監査役)を団長とする日華親善友好慰霊訪問団の趣旨に賛同いたしまして、 高宮八幡宮として台湾で四回の慰霊祭の奉仕を行いました。 ◎趣旨 先の大戦に於いて「日本人として散華された台湾同胞」の英霊顕彰を通して、 台湾が民主的で平和な地域として独立している現状を支援し、真の友好関係をうち立て、 日台結ぶ心の絆をより一層深めていきたい。 《海の彼方のニッポンを訪ねて》 平成十三年十一月二十三日から、二十六日までの三泊四日の日程で三十四名の訪問団は台湾を訪れました。 高雄では戦前日本の教育を受けた、大の親日家の許國雄博士が設立された東方工商専科学校を訪問いたしました。 この学校では今なお教育勅語、日本精神、大和魂と我々が失いかけているモノをとても大事にされていました。 昔、『東洋の君子国』と称えられ、『神州清潔の民』と自負した日本人のメンタリティーを思い起こし、 靖国の英霊がお国のためにと命を捧げたお国がこんな有様では誠に申し訳なく思われました。 台南では、三人の日本人兵士を神として祀る飛虎将軍廟にて神式のお祭りをいたしました。 台湾の方が日本人の兵士を奉っているというその志に胸を熱くいたし、 この様な事を継承されている事に深く感動いたしました。 台中の宝覚禅寺ではこの訪問のメインである、 中日海交協会主催の台湾人元日本兵軍人軍属戦没者慰霊祭(三万三千柱)の諸行事の中で、神式の慰霊祭を執り行いました。 また、台湾中部で物故された日本人一万四千柱の慰霊祭も行いました。 台北ではウーライの「台湾高砂族義勇隊戦没英霊記念碑」の前でタイヤル文化村の周麗梅さん達と共に神式の慰霊祭を執り行いました。 台湾の親日家と言われる人たちは、元日本人として日本の教育を受け、日本人として欧米列強と言われた国々と戦い、 そのことについて今もって誇りに思っている。そして日本の教育によって台湾が経済発展できたと言ってくれている。 三泊四日の短い時間であったが慰霊祭、表敬訪問、会食、交友を重ね、 この企画のサブタイトルである《海の彼方のニッポンを訪ねて》が実感出来た。 そして、この親善友好が取り分け日本の今後向かうべき道とアジアの平和の礎となると思われます。 是非ともこの志を継承していきたいとの思いを強くいたしました。(続く) ※「日本精神」とは台湾で今でも使われている言葉で、勤勉で正直、 約束を必ず守るなどの道徳的に優れている善い意味で使われている言葉。 推薦図書
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| 12月の行事 大晦日 大祓式・除夜祭 1月の行事 1日 歳旦祭 零時 3日 元始祭 11時 14日 どんど焼き 10時 19日 神道講座 13時半 2月の行事 朔(=1)日・15日 月次祭 11時 1日 節分祭・神道講座 12時 11日 紀元祭 11時 17日 祈年祭 11時 |
初詣 お正月のご案内 御遷宮四百年記念事業
心を深める 鎮守の森の自然感(第2回) 夫婦別姓 日華親善友好訪問
12月、1月、2月の行事