高宮八幡宮社報  

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只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心

第6号 平成13年7月 発行

目次: 獅子廻しに子供を参加させましょう 念を入れる 日本の神道 古池の音  


いよいろ盛夏がやって参りました。お変わりありませんか、お見舞い申し上げます。

この不況の中では一層暑さが堪えます。その上戦前には無かったあらゆる新しい犯罪が発生してくるのには、やり切れない気持ちです。
特に無邪気な子供が幾人も、しかも学校で被害を受けるとは、誰も想像も出来なかった事です。

戦時中は食べ物をはじめあらゆる生活物資が不足したのに、戦後は逆に米国の使い捨て文化の氾濫。人々は物、カネだけが中心の思想に陥ったのに、 追い討ちを掛けて、教育は道徳も宗教も除外し、歴史に至っては自虐思想の氾濫。あらゆる面で日本的な物を取り除いたのです。 その影響から立ち直るには、有る人は百年かかると言って居ます。
今日本を象徴するものは、天皇陛下を戴いて居る事と神社を祭っている事だけでしょう。

さて、七月は夏祭りの季です。心身の御祓いをして、後半年を無事に過ごそうという訳です。ストレスと厚さに負けない事を祈る訳ですが、 心の中に気付かぬ間に或いは潜んでいるかも知れない非日本的なものも祓って戴くよう氏神様に祈らうではありませんか。
夏祭(夏越祭)は七月二十八日夕刻からです。
◎ヒトガタ祓と茅の輪くぐりがあります。
ヒトガタは紙の人形で身体を撫でて息を吹きかけたものを神社に納め、その人の心身の汚れを祓って戴くものです。
◎茅の輪はその中をくぐって汚れを祓って戴きます。その日だけ境内に設置されるものです。おまいりの時にくぐって拝殿前に来る訳です。

獅子廻しに子供を参加させましょう

夏越神事に引き続いて、お獅子が出発します。赤青のお獅子が二班に別れて、子供達の案内で氏子中を祓って廻るのです。
この神事は古くからの民俗行事で、福岡市内ではもう見られないものです。

揃いのハッピにハチマキ姿で、ワッショイ、ワッショイと賑やかに囃し立てて行くのは可愛いものです。
子供達にとっても、その参加は一生忘れ難い思い出でとなるのです。

誰でも参加出来ます。お友達と一緒に参加させて下さい。ハッピなども当宮に用意して居ます。

初めての人は当宮にお尋ねください。

崇敬会へのお誘い

◎社会や人のために働く。そこには心のひそかな喜びがあり、自分が成長するものです。ボランティアもそうした活動でしょう。
◎人々の甚だしい心の荒廃。経済の不況。でも私共個人ではその打開は困難です。
◎自宅の神棚で祈ると共に毎月本宮に集い、祈願祭に参加し、心を洗う講座を開きます。
◎会員には祈願詞等を差し上げます。その外いろいろお知らせなどして、繋がりを緊密に致して居ます。
◎年会費も僅かです。毎月の祈願祭や講座には出席できないが、趣旨に賛成して賛助会員になって戴いた会社や団体も沢山居られます。
◎とにかく、第一土曜日の例会に出てみて下さい。必ず清々しい気持ちを味わう事が出来る筈です。
洗心講座は会員でなくても、僅少な茶菓代誰でも受講出来ますから。

念を入れる

浴槽の中で手にタオルをかぶせて指を動かせばタオルが動きます。本当は指がタオルを動かして居るのですね。 ◎人の行動は脳の指令ですが、その脳への指令は、実は一緒に居るタマシイからです ◎ですから身体からタマシイが離れると動かなくなります。死です。 ◎ではタマシイは無くなったのでせうか。いや≪抜け出た≫のであって、目には見えない空間に移ったのです ◎そして、その一部は現実の≪物にも留まる≫ことが出来るから、墓や位牌を通しても通信ができるのです ◎そのずっとずっと高度なタマシイが神様です。だから神社や神棚やお守札をとおしても交流できるし、ご守護くださるのです ◎更に、生きている間のタマシイも或る部分は、物に留まる事が出来る事を昔から知って居るので、「念を入れる」とか「心を込める」 との言葉を、私共も違和感なく使って居るのです ◎そして、私共の≪思い≫は物にも人にも≪作用≫を及ぼすのです ◎善意は幸せを。悪い汚い思いやその行為は、人にも自分にも不幸をもたらすのです ◎ですが、祖先の人達はそれを除く方法も伝えて居ます。それが≪祓い≫です ◎特に夏越祭(夏祭)の主要な行事で、≪茅の輪≫をくぐるのもヒトガタに息を吹き掛けて神様に祓って戴くのもそれです。

日本の神道

人は理性で動きます。他の生き物は本能で動きます。でも、理性だけが人類進化の象徴でせうか ◎芸術、美術、音楽などは他の生き物は持ちません。同じように宗教も人間だけのものです。しかも文化の発達した人種も未開の地域にも、 人類の居る限りは何処も持って居ます ◎でも芸術や宗教は理性からは生まれません。処理できるものではありません ◎この二つの間に共通するのは、自分が≪信じる≫ということです。芸術は自分が感じたものを外に表現する。 宗教は自分が感じた≪存在≫を内に求めようとする。その違いだけで、この二者こそが人類の人類である所以です ◎さらに、日本民族は有り難い事に豊かな美しい国土に生きてきました。その≪自然≫の動き。色々の姿のものが矛盾なく生きている。 個の生命力と統一力に夫々の神を知ったので、神道は自然とともに生きることを大切にしたのでせう ◎そしてその自然の≪統一≫が人の間にも大切だと知って居るので村の長老を大切にする。先祖や親を大切にする思いが強いのです ◎その最高のご存在が天皇様です。あの武家政治の時代でさえも、将軍は政治の実権を持って居るのに、 皇室に対しては貴び服従して居たことでも分かります ◎これが日本人の精神です。その在り方≪神道≫です ◎ですから何処の神社でも祭の折には、氏子(村人)の繁栄を含めて、必ず皇室に象徴される国の繁栄を祈るのです。

古池の音

古びた池に帰るが飛び込んだ音に、静寂と自然の息吹を感じた松尾芭蕉の俳句 ◎それがバシャンだったかドボンだったかもしれない。ただ其処が古い池だったとしか表現していないのに、 私共にはその情景や雰囲気が感じられる ◎こうした感覚は日本人独特のものです ◎民族が幾千年もの間美しい自然の中に生きてきた感覚。山も川も盛りも他の生き物達も自然と同じ生命と感じる、一体感。 この感覚によるものです ◎整備された巨大なビルが林立する東京でも、一歩裏通りに入ると昔乍らの所謂裏町の風景が展開する。そこには必ず盆栽や花の植木鉢があり、 ゴタゴタしているのに、私共がホッとする風景です ◎鎮守の森を大切にし、そこの鎮まる神様を祭ってきたのも、今自分達が生きている環境の運営者が、 その氏神様であることを知って居るからです ◎電子ゲームや電子メール。文化の進展は人の生活を更に豊かにする。でも、そこに会話があるようで、実はあり手は機械。 自然からも離れ、人は孤立していく事が隠されて居る ◎最近ガーデニングなる言葉をよく聞きます。人は本能的にこれを求めて居るのですね ◎学校も自然に接する事を教え始めました。大変喜ばしい事です。でも自然を科学するのではなくて、 素直に≪自然に接する≫事こそ必要だと思うのです ◎自然の侭の鎮守の森。都会の中の鎮守の森。これは大きな心の救いであるはずです。