高宮八幡宮社報  

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只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心

第5号 平成13年5月 発行

目次: 高宮の意味 神徳記 日本人の信仰  

高宮の意味
 高宮とは、高い場所に祭られた宮という意味と、お位の高い神様のお宮の二つの意味があります。
 そして、当宮は昔から位の高い神様と言われて来ましたが、位が高いとはどんな事でしょうか。
一つには、創祀者は誰か。はじめて神様を迎えられたお人です。
 当社の伝えによりますと、斉明天皇がお祀りになられております。そのため後世の権威者達が信仰を捧げられるに相応しい神社でした。
この様な事は普通の一農村の小さな神社ではあり得ない事です。

次に、なぜ祀られたかです。
当宮は国の外難防御祈願の為に創祀されており、従って国事に関して強いご神徳の発揚がありました。また、鎮座地の位置と地形です。 今の平和台に在った外賓応対の施設と大宰府との連絡道路に面して居り、更に博多湾を望み、大宰府と那珂郡を一望できる軍事上重要な位置をなしています。
 その国事に関する例としては、加藤氏書が皇政復古祈願の為参篭した事。また、野村望東尼の邸宅が近くにあり、 勤王の士が協議した場所(古墳)が氏子地域にある事等も、当然の事のように思われます。
 従って、現在の様な国の乱れ、人心の乱れ(米国の占領政策の結果)の甚だしい、今こそ当宮神明のご発動を祈るべき最も大切な時でもあります。
 そのためには、氏子の奉斎精神の浄化向上。特にお側近くに奉仕する者にその心掛けが必要です。崇敬会の結成もその趣旨によるものです。
神徳記

日本人は太古より、見ること聞くことも出来ないがあらゆる存在を存在せしめている力や働きを『神』と呼び、そのことを「恐れ多い」と感じておりました。 全ての存在の大元を≪神≫として、生物を始め全てのものは、その≪同一の力≫によって存在していると知っていたのです。
否、知っていたのではなく悟ったものと思います。何か考えている時に、その筋道と関係なく別の方から、 ふと「アッそうだ」とか「アッこれだ」とか気付くことを体験します。これは何でしょうか。
それは自分の意識の奥深くに繋がっている、潜在意識やその奥の宇宙意識の働きである。 心理学者は、そのような意識の場所で起こる事を、共時性と呼んでおります。

さて、当高宮八幡宮のご神霊のお働きの事例を奉仕以来沢山聞きます。それをご紹介していきたいと思っています。

もう十年位前の事、信仰の深いご家族のお話です。
大きな借金の返済に困っていとき、易者霊能者と言われる人の所に相談に行くと、自宅より真東の神社にお願いすると聞いてもらえると言われました。
早々に高宮八幡宮に参拝を済ませると一ヶ月もしない内に、自分の土地が道路の拡張で買い取られる事になり、大過なく収まりました。
 それからお礼のお詣りもせぬまま六年が過ぎ、人伝に神主さんが来ておられお宮も賑やかになったと聞き、お礼にお詣りに行こうと思い立ちました。 その当日の夢に年配と若い神主二人が出てきました。神社に着てみると講座が行われており、本当に神主が二人居られる。講座の話を着てますと、自分の家族を助けてくださったのは、 本当にここの神様だという思いが湧いてきて、しばらくの間震えと涙が止まらなかったそうです。
 ご神田や舞の奉納をしていただいている、毛利さんご一家と高宮の神様のご縁が出来た時のお話です。
 毛利さんのご家族はこのご奉仕を通じて、他にも多くの貴重な体験をされておられます。

 当宮はただ高宮地域の氏神様であるばかりではなく、お働きは他の地域にまで及ぶ訳で、当宮の神様はお位の高い神様だとはよく聞きますが、 そんな事の思われる一例と言えますね。

二年程前、ご近所の奥様が東京の霊感で相談を受ける有名な方に会われた時に、「あなたは貴い神様の氏子さんですね」と出し抜けに言われたそうです。 相談の最後に高宮八幡宮の様子を申し上げると、 新しく来られた神主さんと共に神様のお役目が変わり、今後「神社は驚くほど発展するので、そのお徳を頂けるように親しくお参りするよう」に 勧められたそうです。その後、本当に神社のお参りも増えて不思議というか、霊験のあらたかさに驚いて居ますとのことです。

 高宮八幡宮は高神さんだという信仰や言い伝えがあり、太平寺、井尻、春日市あたりからお参りの方から聞いたり、問い合わせがあります。 それも、かなり高齢の方から自分が子供の時、祖父母から聞いたということでありますから、随分と昔からの言い伝えでありましょう。

 近頃、東京、千葉、富山、鹿児島と遠隔地からのお礼参りが続きました。以前住んでいたという方や親戚からのお礼を貰った方など、 その他お手紙を貰う例も随分とあります。そんな時お話を聞いてみると聞いているほうが驚くことばかりであります。

 ある朝の貴重に、長年授からなかった孫がやっと授かったお礼の書き込みがあり、午前中には東京から女子のプロゴルファーの方のお礼参りがありました。
 その日夜遅くに病気平癒の祈願依頼があり、厄年になった息子が脳腫瘍で意識不明になり、助かる可能性が半分、 助かっても腫瘍の場所が悪いので障害が残る可能性が九割あると医者に言われ、その母親は手術のサインをするのが怖くなり、 自分の掛かり付けの医者に相談すると「神様にお願いして手術しなさい」と言われ祈願に来られました。
 二日後の手術は大成功で何一つ障害は無く、四月の月例祭はご家族でお礼のお詣りに来られました。
 子供が授かった報告は数多く、本当に命は神から授かるものであり、人は自分の体さえ思う通りにはならないもの。 まして命は神の領域にあるものと思われ、人は生かされている、故に謙虚さや素直さがとても大切なのだ考えさせられる一日でした。

日本人の信仰
 電車やバスの窓からは、何処に行っても鎮守の森が目に付きます。古い昔から、 祭って来た神社の森ですから自然のままの姿ですし、祭りの仕方も昔の姿を伝えているものが沢山あります。
 氏子が編成している≪宮座≫の組織もそうした伝統を伝えています。組合単位で年間の祭事を奉仕するのです。一年交替の当番の家(頭屋)があり、 座員はその家に集まって祭一切を助勢します。当宮でも時代と共に大分変化していますが、名残は残っています。
 こうした、氏神(産土)を中心として生活する心がその土地の人々の連帯感を作って来ました。また家庭には神棚と祖先を祭る仏壇があり、 主人を中心として祭を続ける。もっとも仏壇は本家にある訳で、 正月や彼岸・お盆にはぶんけの人達も本家に集まって来て一緒に心の豊かさ等を成長させてきたものです。
 戦後、個人重視の生きざまに走った為に、心の枯渇に悩み、その救いを宗教に求めたり、趣味やペットブーム、 はたまた「癒し」の言葉を頭にのせる数々のものに求められているのかも知れません。
 この頃の文化や宗教の中には自分だけの幸せや価値を求めるものが多く、その極端なものが家庭を崩壊しても、 人を殺傷してもよい様な教えになるのでしょう。
 マスコミをはじめとするあらゆる情報、その殆どがコマーシャルベース、つまり、何らかの利益誘導のために流されているということを常に忘れてはいけません。
 『昔の手振り』(伝統や習慣、そして日本人の生き方そのもの)その中には「自然」をキーワードにするものが沢山在ります。鎮守の杜や稲作に象徴される、自然観、 そこで繰り広げられる共同体を通しての係わりなど。私共には日本人としての感性、情緒等に合った道がある筈です。 そこに本当の心の安らぎがあり、自然な形の癒しがあるのでしょう。

◎◎六月・七月の予定◎◎
神道講座 六月二日 十三時半
     七月七日 十三時半

夏祭り・獅子祭
予定
七月二十八日 十六時