高宮八幡宮社報  やまもも

<発行>
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只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心 

第17号 平成15年5月 発行

     心を深める 9     『戦後思想』克服のために 7    鎮守の杜から 3 

  遷宮400年記念事業  おかげばなし〜神徳記2〜   御祈願のご案内  厄年

 6月・7月の行事


        心を深める 第9回
        名誉宮司 木原邦雄 

   自分の尊さを知る


 私共が生き甲斐を知ると言う事は、結局は人間として自分は如何に生きるべきか知ることであります。この自覚は非常に大切なことですが、神と共に生きる者(信仰者)は最も好条件の環境の中に居る訳です。それは神のお側にいるからで、恒に神から見守られおりますので、人としての生き方を自覚しやすいからです。
  一般論として考えますと、先ず一番は人との繋がりを大切にすること、取り分け自分の家族円満・和合が基本です。そして今ここにいる自分までの生命の繋がり、すなわち親先祖から自分まで繋がってきた無数無限の命の繋がり。このことに思い至ると、自分というものの命の尊さ、責任と義務というものを感じるものです。
  それは大宇宙の理法に縦横前後に繋がる自分という命の存在、これが自分一人と思っていた本当の自分の存在です。さらに他の人々との横の繋がりを考えると、これも自分一人ではないことに気付かされます。

  神々の世界はそれらのことをすべて支えていらっしゃるのです。神々はその仕組み(宇宙・世の中・自然環境)を運営しておられるのです。この私共の住まう世界は神々の中にあると言ってもよく、その中で神々は独立して活動されると共に組織だって動いておられる、その一端に私共人間も居るわけです。

  人は神の分けミタマを持つものと理解されております、ヒトはヒ=霊(神と同質のもの)とト=止めるの意味であるとされています。つまり人は神の神性を宿している存在と言うことです。
 そして、私共が住んでいるこの世は天地の運行が定まり季節が定まり自然には必要な物がすべて調えられている。これこそが神が居られるミアレ(現れ・表現)であり、神と共に生かされている自覚を持つべき所以のです。
  人のことを万物の霊長と言っておりますがこれをタマオサと解釈するなら、この世の中では神々の代表が私共と言うことであります。そして神の御霊を持つ人は自らの心を清めて浄心、すなわち真心(神心)で生きて往くことがこの世に産まれた目的であるとされます。

  こうしたことを自覚するには、過去の出来事を思い返して判断することも参考になります。そこでは過去を悔やむ必要はありません、もう過ぎたことですから一つの体験としてみるのです。


  この世の中で起きる、様々の苦労は私共の心を磨く為にある砥石であると言うことです。 

                                                  

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『戦後思想』 克服のために 7

〜 極まればまた蘇る道ありて 〜

小柳陽太郎


   「敵」の姿が見えなくなったこと

 
 (前号からの続き)
 ではなぜこのようなことになったのか、ガラス玉の存在に気づかないのか、問題はそこにあるのです。

  私は最初に申し上げたように、ここで、占領軍のやり方があまりにひどかった、だからこんなことになったのだ、というような愚痴を言おうとしているのではありません。もちろんこれまで述べてきたように、占領軍のやり方は実に過酷でした。史上稀に見るひどいものでした。しかしだからといって、このガラス玉から抜け出ることができないでいる現実を、すべて占領軍のせいにしようとは思いませんし、そうすべきでないと思うのです。現に昭和天皇はそのガラス玉の外に身を置かれていたではないか。ということはやはり日本側にも大きな問題があった。いかに厳しい占領政策であったとはいえ、それを撥ね返す力がなかった。それは何故か。それを今の時点ではっきりと認識し、改めていかなければ、日本の未来は決して開けてこないということを肝に銘ずるべきだと思うのです。

  ご存知の方もいらっしゃると思いますが、埼玉大学に長谷川三千子という先生(教授)がいらっしゃいます。この方は戦後生まれのまだ若い方なのですが、この先生が自分の経験を次のように書いておられます。曰く、
  自分は戦後の生まれだから当然、戦後の教育を受けて育ってきたので、ご多分にもれず、戦後という時代は、理性を失った暗黒時代だと信じてきた。だが、その後どういうきっかけだったか、戦後の記録を読みあさりはじめたことがあって数カ月過ごしているうちに、はっと一つのことに気付いた。そして自分はこれまで「戦争」ということについて何一つ理解していなかったことを知った
 と言われるのです。
 その「一つのこと」とは何か。それまで自分は「敵」という物の存在に気付いていなかった、ということでした。学生時代には全く教わらなっかった戦記物の世界、その中に浸っているうちに、あっ、そうなんだ、自分は
今まで「敵」の存在を抜きにして、歴史を読んでいたのだと気付かされたのです。

  たとえば「戦争が始まった」と言うでしょう。「原爆が落ちた」と言うでしょう。すべては自然現象のような言葉づかいでしょう。「戦争が始まった」と言っても、当然そこには敵があり、味方がある。アメリカがあり、日本がある。その相互の国家意志がさまざまな形でぶつかりあいながら、ついに戦争に突入していくわけでしょう。ところがこれまで読んだ歴史ではそれを一人芝居のように日本の航空艦隊が真珠湾に襲いかかった、何とひどいことをするのだろう、ということですべては片付けられてしまっていた。そこには「敵」の存在は全く無視されている。
 「原爆が落ちた」というのも、考えてみれば実に奇妙な表現で、言うまでもなく、アメリカの飛行機が原爆を「落とし」たのでしょう。だがその場合にも「敵」の存在を見ようとはしない。そして原爆という恐ろしい兵器ができたためにこういうことのなったのだ、日本が無謀な戦争を始めたからこういうひどい目にあったのだ、というように、すべてを、いわば「時の流れ」のように見るのです。「これが運命だから」というように諦めてしまうのです。そして原爆投下のボタンを押した「敵」の存在を無視するのです。しかもただ無視するだけではない、それをすべて自分のせいにするのです。

 私は福岡に住んでおりますが、昭和20年の6月、福岡もB29の大空襲を受けました。その時福岡の町は破壊的な打撃を受けたのですが、数年前、それをテーマにして「平和教育」を訴えようとするアニメの映画ができました。その題がまた「火の雨が降る」なのです。火の雨は天から「降った」りやしない。マリアナの基地から飛び立った二百数十機のB29が大編隊を組んで「火の雨」を降らしたのです。猛烈な絨毯爆撃を繰り返して、何の罪もない一般の民衆を無数に殺害したのです。もっともこの映画は非常によくできていて、かわいい男の子と女の子が手を取り合いながら猛火の中を逃げまどう姿は本当にいじらしかった。かわいそうでした。だがそれを見る人は、空襲を続けるアメリカ兵を憎いとは思わない。なんてかわいそうなんだろう、日本は何とひどい戦争を始めて、こんなかわいい子供を苦しめるのだろう。絶対に戦争をしてはいけない、戦争を始めた軍部が憎い─  ということになるのです。
 考えてみれば何と倒錯した心理でしょう。広島の「原爆慰霊碑」のまえに「ふたたび誤ちはくりかえしません」と書いて世界の人々を唖然とさせる心理状況も全く同じ処から生まれたものなのです。
 長谷川三千子先生は「敵」の不在について次のように書いておられます。(中央叢書『からごころ』)

    戦争から敵という事実を完全に無視して、片側の行為だけを描写すれば、これはただ気違いの
    行為としか見えない。あるいはただ残虐の一語に尽きる。そして戦争中の日本人の行為を、
    まさにそういうものであったとわれわれは教わったのである。

 こうした「敵」が見えない異様な歴史認識を、占領下の日本に重ねあわせて見れば、日本人が最初の頃はまだしも、占領の日数が重なっていくにつれて、すっかり警戒心を捨ててしまって、占領軍を平和の使者のように考え始めた心理、占領軍の言いなりに身を任せた心理もよく分かるのです。
 そして占領下という異常な状況のもとで施行された憲法を、後生大事に抱え込んで、先に申し上げたように「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」軍備を放棄し「われわれの安全と生存」をすべて他国に委ねて恬として恥じないという、驚くべき心理がどこから生まれてきているのか、実に手に取るように分かるのです。その恐るべき心理の泥沼から抜け出さない限り、日本の未来は絶対にあり得ないのです。




  ◎ 著者紹介
  小柳陽太郎(こやなぎ・ようたろう)
 大正12年生まれ。旧制佐賀高等学校を経て、東京帝国大学文学部に入学。学徒出陣。
 戦後、福岡県立修猷館高校で長年にわたり教鞭をとる。元九州造形短期大学教授。
 現在、社団法人国民文化研究会副理事長。
  著書に『戦後教育の中で』(国民研叢書)『教室から消えた「ものを見る目」、「歴史を見る
  目」』(草思社)
  編著に『歴代天皇の御歌』(日本教文社)『平成の大みうたを仰ぐ』(展転社)『嵐の中の灯
  台』(明成社)
 


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   鎮守の杜から  
高宮八幡宮  宮司  古賀靖啓

  

   神籬・磐境 (ひもろぎ・いわさか)

   

 神籬は神様の依代(よりしろ)で常盤木であることが多く、磐境は神霊の依り代となる石や神様を招き降ろしお祀りをする場所を指す。

 神籬も磐境も神の降りられるところであり、依代すなわちご神体であります。これは現代の神社の原型でもあります。昔は本殿などのお社(建造物)は無く自然の中に神の降臨を仰いだのです。
 鎮守の杜も昔はお社など無くそこにある木々や岩やその空間そのものが神の依代でありました。
 高宮八幡宮も古宮と呼ばれた処は磐座であり、その後そこには代々松が植えられていたと伝えられています(現TNCテレビ塔一帯)。
 この鎮守の杜や神籬磐境は現代も残っていますが、人は余り気がつかないようです。この様な処では神気と呼ばれる清明の気が漂い清々しい気持ちになるものです。
 そこが散歩道やジョギングコースなどになると汚されますし、またなんとなく好ましくそこに行くと気持ちがいいということで多くの人がお参りし出すと、霊能者や拝み屋と言われる人達までそこに来て汚してしまうようです。
 それで、昔は禁足地としたり、厳重なお清めをしないと入れないことになっているのです。
 それを怠るとケガレの気で暗く濁り始め、やがて類は友を呼ぶの言葉通り同波長のものが集まり、清々しい神気は胡散霧消してしまいます。

 この気に触れてこそ、人は生き生きとし、多くのインスピレーションを受けます。この時人は命そのものや命の尊厳に触れているわけで、この神気をミタマノフユ(恩頼)と呼び、タマシイ(生命力)のフユ(増殖)としています。
 実はこの清々しいとも気持ちが良いとも取れる神気は、私どもの感性が上がれば厳粛さや恐れ多いという感覚になってきます。それこそ侵しがたい至誠所と感じるのも訪れる側の心掛けの問題となります。

 神社を守る神主や総代、氏子は常にお清めを心掛ける必要があり、神気や清々しいと感じる感性を大切にしなければなりません。そして、その場所を守っていかなければなりません。

 これこそが千古変わらぬ守るべき最大の価値なのです。



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◎◎ 遷宮四百年記念事業 ◎◎


 当宮は鎮座して1300年以上、現在のTNCのテレビ塔一帯の高いところから今の場所に遷られて
400年になります。
 これを記念いたしまして、御造営事業を計画しました。

 先ず、今年6月より社務所・参集殿の工事に着手いたします。
 その後境内の配置計画に準じ本殿・拝殿の御造営を行います。
 神社の伝統護持と日本の精神、文化の継承の為に百年の計を立てるべく総代世話人一同精進いた
しております。皆様のご理解と暖かいご支援をお願いいたします。

  ご寄付は御社頭にて受付を致しております。
  ご寄付いただいた方の御名前を後世に残せるように致します。
 ※(石碑に芳名掲載・三万以上、石灯籠一基・壱百万以上)。




   ◎ 御造営奉賛会は設立の準備中です。



   

神徳記 2

 ◎ 夢枕に霊人立つ

  向野に住うご婦人が病床で気道確保した状態でおられた。体力が落ちる前に元通りに気道の管が
抜けないと寝たっきりになるということで、気道確保した管を抜く前日に娘さんが御祈願に来られました。
 当日無事に手当は終わり、小さい声で話すことが出来たそうです。
 その第一声が、今朝高宮の神様の二人のお使いの人(霊人)が枕元に立ってくれた。その御陰で助かったので自分の代わりにお礼にお参りして欲しいと言われたそうです。もちろん家族はお宮で御祈願したことなど本人には伝えていないと言うことでした。

 それから二週間ほどして、ご本人がお礼のお詣りに来られました。
この方のお宅はいわゆる旧家で、この家では高宮八幡宮のことを位の高い神様と言って篤く崇敬して来られ、ことある事に御陰を頂いておられるとのことでした。




 
◎ 宝くじが当たりました

 「高宮八幡宮様のおかげ様で宝くじに当選する事が出来ました。これもご加護のおかげです、今後もよろしくお願いします。」と言うお手紙と、 ロト6の当たり券と抽選結果をコピーしたものが賽銭箱に入っておりました。
 当選金額は2億2845万6200円となっておりました。


 

     
◎ ご祈願のご案内 ◎

 社頭祈願

   初宮詣  ・交通安全・厄年祓い・安産祈願
   受験合格・学業祈願・家内安全・病気平癒
   身体健全・年寿祭(還暦・古希等)
   商売繁盛・会社安全・移転奉告祭
   方除け  ・霊障除け

 先祖祭祀

   命日祭 ・ 年忌祭 ・ 水子鎮祭 ・ 霊障解除祭

 出張祭典

   地鎮祭・竣工祭・井戸祓い・解体祓い
   移転家祓い・方除け・霊障解除祭

 

◎厄年  《15年度》 数え年(干支)

男性=25歳(未) ◎42歳(寅) 61歳(未)
女性=19歳(丑) ◎33歳(亥) 37歳(未)

◎は大厄、前後を前厄、後厄といいます。
 

 

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6月・7月の行事  


6月の行事

1日(日)  月次祭     11時
  7日(土) 神道生活講座 13時半
8日(日)  研修旅行      
15日(土)  月次祭     11時 
 

7月の行事

1日(火)  月次祭     11時
 5日(土) 神道生活講座 13時半
 6日(日)  清掃奉仕    9時半
15日(火)  月次祭     11時 
26日(土) 夏越・獅子祭  16時 


     心を深める     『戦後思想』克服のために  7    鎮守の杜から 3

  遷宮400年記念事業  おかげばなし〜神徳記2〜  御祈願のご案内   厄年

 6月・7月の行事