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高宮八幡宮社報 やまもも <発行> |
只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心
第17号 平成15年5月 発行
自分の尊さを知る |
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神籬・磐境 (ひもろぎ・いわさか) 神籬は神様の依代(よりしろ)で常盤木であることが多く、磐境は神霊の依り代となる石や神様を招き降ろしお祀りをする場所を指す。 神籬も磐境も神の降りられるところであり、依代すなわちご神体であります。これは現代の神社の原型でもあります。昔は本殿などのお社(建造物)は無く自然の中に神の降臨を仰いだのです。 鎮守の杜も昔はお社など無くそこにある木々や岩やその空間そのものが神の依代でありました。 高宮八幡宮も古宮と呼ばれた処は磐座であり、その後そこには代々松が植えられていたと伝えられています(現TNCテレビ塔一帯)。 この鎮守の杜や神籬磐境は現代も残っていますが、人は余り気がつかないようです。この様な処では神気と呼ばれる清明の気が漂い清々しい気持ちになるものです。 そこが散歩道やジョギングコースなどになると汚されますし、またなんとなく好ましくそこに行くと気持ちがいいということで多くの人がお参りし出すと、霊能者や拝み屋と言われる人達までそこに来て汚してしまうようです。 それで、昔は禁足地としたり、厳重なお清めをしないと入れないことになっているのです。 それを怠るとケガレの気で暗く濁り始め、やがて類は友を呼ぶの言葉通り同波長のものが集まり、清々しい神気は胡散霧消してしまいます。 この気に触れてこそ、人は生き生きとし、多くのインスピレーションを受けます。この時人は命そのものや命の尊厳に触れているわけで、この神気をミタマノフユ(恩頼)と呼び、タマシイ(生命力)のフユ(増殖)としています。 実はこの清々しいとも気持ちが良いとも取れる神気は、私どもの感性が上がれば厳粛さや恐れ多いという感覚になってきます。それこそ侵しがたい至誠所と感じるのも訪れる側の心掛けの問題となります。 神社を守る神主や総代、氏子は常にお清めを心掛ける必要があり、神気や清々しいと感じる感性を大切にしなければなりません。そして、その場所を守っていかなければなりません。 これこそが千古変わらぬ守るべき最大の価値なのです。 ページのはじめへ |
6月・7月の行事
6月の行事 1日(日) 月次祭 11時 7日(土) 神道生活講座 13時半 8日(日) 研修旅行 15日(土) 月次祭 11時 |
7月の行事 1日(火) 月次祭 11時 5日(土) 神道生活講座 13時半 6日(日) 清掃奉仕 9時半 15日(火) 月次祭 11時 26日(土) 夏越・獅子祭 16時 |