高宮八幡宮社報  やまもも

<発行>
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只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心 

第16号 平成15年3月 発行

     心を深める     『戦後思想』克服のために 6    鎮守の杜から2 

  ボランティア・講座の御案内  御造営奉賛について   御祈願のご案内  3月・4月・5月の行事


        心を深める 第8回
        名誉宮司 木原邦雄 

   恒に伸びる努力

  誰にでも言えることですが、特に信仰者に必要なことは毎日一つでもよいから何か心の成長を努力することです。その姿勢を神は恒に見守っていられる事を自覚していなければいけません。神は努力する者(神に心を向ける)を守護されます。私共はそのことを心しなければなりません。

  人の運命はその人の性格に直接関係します。運命性格も人の生きざまに従って変化するものですから、心の持ち方は迂闊にはしてられないのです。将来の運命打開の為には苦しいことも我慢していかねばならず、目の前の楽しみばかりを追わずに辛抱の徳を積むことも大切です。
 何事に拠らず苦楽ばかりを問題にせず、あるがままに受け入れる心を養わなければなりません。

  長所があれば一つでもよいからのばす努力を工夫します。欠点があれば一つでもよいからそれを取り除く努力を積み重ねます。
  これは神に近づく修行となります。
  もちろん自分の心も安らいでくるのです。心が安らかであるのは清浄な状態だからです。このような努力を行うと決めたら、一つ一つ神様にお願いをして誓いを立てるのです。そうすることによって忘れずに行いやすく自然と身に付いた形になりやすくなります。

  行うときは、簡単なやさしいことから始めていきます。そして、巧くいかぬ時もくよくよせず、さっと心を切り替えてやり直すことです。
  自分に悟りの道を開いてくださいと、祈りながら自分の足らないところを改める努力を続けるのです。


   罪も病も死も実在しない
  
  人には本来罪も病も死さえも存在しないものだと神は教えられています。私は最初の頃はよく判らなかったのですが、今ではある程度理解ができます。
  罪を初め病も死も本質的にはないのですが、われわれの考えには欲のために間違った思いが一杯です。人が行うべき正しい生きざまから離れてしまっています。それで、心に汚れを生じ罪を犯す。そうしたことが積み重なり体調を崩し病になり、死に至ることもあります。

  魂は生きているのですから、本当は死はないのです。けれども普通の場合は肉体の満足だけを求めているので、それが断たれることが恐ろしいのです。自分の本当の姿を知らないから恐怖におそわれるのです。
  本当に正しい生き方をしているなら、少なくともそう努力しているならば心配や恐怖に囚われることはないはずです。

  私共は人に負けたくないと言う我執の念を一杯持っています。又いろいろの欲望に囚われた念を持って生きております。その欲望を満足させたいと努力し、その囚われからあらゆる不安を抱えてしまっておるのが現実の姿です。特に最近の世情はそのような思いが氾濫しております。地球は多くの種類の生物が生きていけるようになっているのに、人間だけが生きる特権があるかのような振る舞いをして、自然環境を侵し自然現象は異常続きであります。ましてや人類同士の間からも日本人同士の間でも今までになかったような犯罪が生じているのです。
このような世の中の現象は人心の乱れの現れであります。

  私共は間違っていることばかり行っているのに気づかず判らないで、物事が思い通りにならず、それで自分自身で悩み苦しみ、人を恨み憎しみなどするのです。その結果運命は開けず、病気にもなり不幸を自ら呼び込むのです。

  人は物事の現象だけを捉えて、その奥にある原因を知ろうとしません。

  それで、罪や病気や死を恐れるのです。そしてその原因を自分以外の他人や物のせいにしてしまっています。それで解決が出来なくなってしまうのです。
  私共はそこまでの認識を持たなければ、本当の心の清浄は実現できません。最初は難しいでしょうがこれを行えば、本当の心の平安が得られるはずです。
  そして人がこの世からあの世に持っていける唯一のお宝になるのです。

                                                  

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『戦後思想』 克服のために 6

〜 極まればまた蘇る道ありて 〜

小柳陽太郎


   蚤の曲芸

 皆さまは蚤の曲芸という話をご存知でしょうか。これは尾崎一雄という小説家の「虫のいろいろ」という作品の中に出てくるものです。蚤は実に小さな虫ですが、自分の背丈とは桁外れに長い距離を跳ぶことができる。だからこの蚤に曲芸を仕込むのは容易な業ではない。そのため一番最初には、この蚤を小さな丸いガラスの玉の中に入れるのです。当然蚤は得意の脚で跳ね回るのですが、周囲は堅いガラスの壁です。そうしているうちに蚤は跳ねることに絶望し、あげくの果てはそのガラスの玉の中だけが自分の世界だと思ってしまう。そうして跳ぶのをやめる。そうなってしまえばガラスの中から取り出してももう跳ぼうとはしないのだそうです。曲芸師はそこまで仕込んだあとで、蚤に芸を教えて舞台に立たせるのだそうです。私は戦後の無惨な日本の状況を思うと、いつもそのことが頭に浮かぶのです。尾崎一雄さんもこの話を聞いた時は実に「無惨な話」だと思ったと書いておられる。

  
持って生まれたものを、手軽に変えてしまう。 ……これほど無惨な理不尽さは少ないだろう

 本当にのそのとおりで、まさに戦後の日本人は、すでに占領というガラスの玉から抜け出したはずなのですが、そのガラスの玉の中に生きていた時の習性が身についてしまって、自分は跳ぶことが出来ない、それが自分の生まれつきの能力なのだと思いこんでしっまて、目に見えない占領軍の目を意識して文章を書くようになったのです。戦後思想、戦後教育の問題はすべてこのおびえのような意識から生まれてきているのです。そして占領軍も、ちょうど蚤の曲芸師のように、もう跳ぼうとはしないことを見届けて、我が事成れりと考えて占領を解いたのです。
 だが、日本人すべてがこの錯覚の中に陥っていたその中に、ただ一人、錯覚の中から免れた方、ガラスの玉の外に身を置かれた方がおられる。それが実は昭和天皇だったのです。天皇は占領が終わった時、「これでいよいよ占領は終わった。あとは日本人が思いっきり自分たちの手で自分たちの力で日本を再建していける。そういう時が来た」とお喜びになったのです。

  風さゆるみ冬は過ぎてまちにまちし
  八重桜咲く春となりけり


 あの冷たい風が吹いていた冬は終わって、待ちに待った八重桜が咲く春となった─。平和条約発効の日は、先ほど申し上げたように昭和二十七年四月二十八日、ちょうど八重桜が咲く季節です。この爛漫と八重桜が咲きほこる時を迎えた。そういうあふれるような喜びのお歌ですね。さらにもう一首。

  国の春と今こそはなれ霜こほる
  冬にたへこし民のちからに


 いよいよ春が来たのだ、霜の凍りつくような寒い冬の中で耐えに耐えてきた国民の力によって─。国民は本当によく耐えてくれた、我慢してくれた、そのお前たちの力によって今日を迎えることができたとおっしゃったのです。「占領が終わったからよかった」というのではない、皆がよくぞ我慢してくれたからこそ今日の日を迎えることができた、それがうれしいとおっしゃったのです。このお歌をお詠みになった時、天皇の御心の中には、おそらく終戦の翌年の春、歌会始の折りにお詠みになった次の一首が浮かんでおられたに違いない。それは「松上の雪」と題する一首でした。

  ふりつもるみ雪にたえていろかえぬ
  松ぞををしき人もかくあれ


 これからはいよいよ占領下という想像を絶する苦しみの中に、日本再建の営みが始まる。お前たちはさぞかしつらいだろうが、「ふりつもる雪」の中でも、美しい色を変えない松、あの松のように節操を守って、日本人の心をしっかりと守り抜いて、この難局に耐えてほしい、「松ぞををしき人もかくあれ」、あの松のように雄々しい日本人であってくれよと、思いを込めてこの一首をお詠みになったのです。占領が解けた今、この六年前のお歌をみ心に浮かべながら、あの時自分が詠んだように、お前たちはじっと耐えて、松の緑をしっかり守ってくれたに違いない。だからこそ今こうして占領が終わったのだとおっしゃったのでしょう。
 しかし本当に申し訳ないことに、国民はこの昭和天皇の深いご信頼を完全に裏切ったのです。あれほど熱い思いで天皇は今日の日をお迎えになったのに、国民は、ポツダム宣言にあったように、彼らの「新秩序」の中に見事に組み込まれてしまっていたのです。
 そしてその日から五十年、いまだに日本人はこのガラスの玉の中から出ることができないでいる。それどころか、昭和天皇が御崩御になったあとは、政治家の世代が戦後教育の中で育った人々に入れ替わってきた事もあって、状況はさらに悪くなってきている。占領軍が考えていたよりさらに先回りして、日本の心を踏みにじろうとする人々が時代を動かそうとしているのです。 
 




  ◎ 著者紹介
  小柳陽太郎(こやなぎ・ようたろう)
 大正12年生まれ。旧制佐賀高等学校を経て、東京帝国大学文学部に入学。学徒出陣。
 戦後、福岡県立修猷館高校で長年にわたり教鞭をとる。元九州造形短期大学教授。
 現在、社団法人国民文化研究会副理事長。
  著書に『戦後教育の中で』(国民研叢書)『教室から消えた「ものを見る目」、「歴史を見る
  目」』(草思社)
  編著に『歴代天皇の御歌』(日本教文社)『平成の大みうたを仰ぐ』(展転社)『嵐の中の灯
  台』(明成社)
 


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   鎮守の杜から  
高宮八幡宮  宮司  古賀靖啓

  

   月次祭(つきなみさい)     月参り

  当社では毎月朔日・15日に月次祭を行いますが3〜40人の参列があります。昔から神社には朔日・15日にお参りし、この日は家の神棚にお供えをし、榊を取り替えます。

  何故この日なのかと申せば、月の初めと、月の中日であります。そして、旧暦で考えれば朔日の朔とは新月に当たり、15日は言わずと知れた十五夜ですから満月の日です。
  この日は大潮の日であり、重力の変化や気が変わる日であります。朔日はいわゆる四季で言えば一陽来復の満ち始める時に当たり、そこに生命の黄泉返り(蘇り)に重ね合わせています。
  昔から産土神や氏神に朔日15日にお参りするのは自然の恩恵(神恩)を受けて生かされていることに感謝するためであり、その命そのもの(ミタマノフユ)を頂くためです。
  月参りをされるなら、朔日から3日までの間が神の息吹が強いと言われています。朔日・15日の月次祭は強い神気でお祓いを受けますので続けて参加される方は自ずから顔色や雰囲気が変わってこられます。命が生き生きして来るわけで、まさしく神気に触れるとは癒しそのもに触れることなのです。
  その神気に触れると人は清々しい感じを受けます、それは大変心地よく自然とストレスを取り除いていきます。その心地よさに惹かれてお参りを続ける人が多いのです。
  しかも肉体のことに止まらず、精神、心に安らぎを与え活性化します。そこで人はヒラメキを得るのです。それは霊=ヒ(神・命)の働きを感得すること、そしてヒの働きを充分ならしめた人を聖=ヒ知りと呼びます。

  神の気に触れていくと、心の状態が変わり価値観や生き方が(運命)が自然と変わってくるものです。


  毎月、朔日・15日には神の子として、この世に生かされている感謝と人として少しでも立派にならしていただき世の役に立てるよう、鎮守の森に集いましょう。


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◎◎ 神社ボランティア募集 ◎◎


 当宮では昔より多くの行事が氏子・崇敬者のご奉仕で行われています。しかしながら、初めての方(特に新しく越してこられた方)が参加したいと思っても窓口のない状態でありました。今後は随時ご参加を募りますので社務所へご連絡下さい。

 各行事
  清掃奉仕 (その他イベント)
  祭礼奉仕  夏祭り(獅子祭り)   秋祭り      正月

 組織
  清掃奉仕委員会 ・ 獅子祭振興会
  世話人(通年祭礼奉仕者・ハッピ)
  青年会 ・ 崇敬会

 ◎各行事一つでも結構です。 ◎どこに住まれていてもかまいません。 ◎転勤で来られた方はお子様の故郷の思いで作りの為にもご参加下さい。 ◎温故知新 新しい地域共同体を模索します。

 ◎社頭、紙面にてご案内申し上げます。ご参加をお待ちいたしております。



◇ 神道生活講座のご案内 ◇

   第1土曜日 13時半  崇敬会主催

 神習う道の探求というテーマで、御神歌集の拝読会と日常起こる問題を織り込み、ご質問に答える形で進めております。
 この講座では学問や知的な興味を満足させるのではなく、まさしく神の実在を心魂に刻んで戴ければと考えております。
 心を浄化しご先祖を浄化して、信仰の有り難さ御陰を体現していただく為の講座となればと思っております。
 その鍵は、無私の祈り(浄心)とご先祖の浄化にあります。このような時代だからこそ、神と共に喜びのある人生を、価値ある生き方をお互いに励まし合いながら見出しましょう。


   

 ◎◎ 御造営に御神意を伺う ◎◎

  当宮は鎮座して千三百年以上、現在のTNCのテレビ塔一帯の高いところから今の場所に遷られて四百年になります。
 これを記念いたしまして、御造営事業を計画。全体の計画を立て老朽化した危険な建物から行う予定を立てました。

 本殿が一番傷みが少なく最後に着手すべく計画しておりましたが、本殿等の重要部分に損傷がありそこから先ず手をつけることと致しました。そのことに気づきましたのは御神霊のお知らせがあったからでございます。

それと時同じくして、この度本殿拝殿等の棟札が五点ほど出てまいりました。
 本殿と一の鳥居は藩主黒田公の奉納と伝えられておりましたところ、寛永年間の棟札に二代藩主忠之公の奉納を記してありました。 また、天保年間の棟札には惣産子として高宮村、平尾、野間、若久、屋形原、野多目、和田、老司、塩原、清水、日佐、那珂、竹下、春日、安徳、馬出、堅粕までの十七村の名前が書いてありました。那珂の郡の鎮守、高神様という伝承を裏付けるものでした。

 神社の伝統護持と日本文化の継承に皆様のご理解と暖かいご支援をお願いいたします。
 ご寄付は御社頭にて受付を致しております。


◎ 御造営奉賛会は設立の準備中です。


 

     
 ◎ ご祈願のご案内 ◎

 社頭祈願

   初宮詣  ・交通安全・厄年祓い・安産祈願
   受験合格・学業祈願・家内安全・病気平癒
   身体健全・年寿祭(還暦・古希等)
   商売繁盛・会社安全・移転奉告祭
   方除け  ・霊障除け

 先祖祭祀

   命日祭 ・ 年忌祭 ・ 水子鎮祭 ・ 霊障解除祭

 出張祭典

   地鎮祭・竣工祭・井戸祓い・解体祓い
   移転家祓い・方除け・霊障解除祭


◎厄年  《15年度》 数え年(干支)

男性=25歳(未) ◎42歳(寅) 61歳(未)
女性=19歳(丑) ◎33歳(亥) 37歳(未)

◎は大厄、前後を前厄、後厄といいます。
 

 

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3月・4月・5月の行事  


3月の行事

1日(土) 月次祭     11時
      神道生活講座  13時半
  9日(日) 清掃奉仕    9時半
15日(土) 月次祭    11時 
21日(金) 春の先祖祭 11時 

4月の行事

1日(火)  月次祭     11時
 5日(土) 神道生活講座 13時半
13日(日)  清掃奉仕    9時半
15日(火)  月次祭     11時 

5月の行事

1日(木)   月次祭     11時 
10日(土)  神道生活講座 13時半
11日(日)  清掃奉仕     9時半
15日(木)   月次祭    11時
       


     心を深める    『戦後思想』克服のために     鎮守の杜から 2

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