高宮八幡宮社報  やまもも

<発行>
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只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心 

第15号 平成15年1月 発行

     心を深める     『戦後思想』克服のために     鎮守の杜から 

  神道生活講座の御案内  御造営奉賛について   御祈願のご案内    1月・2月・3月の行事


        心を深める 第7回
        名誉宮司 木原邦雄 

   二つの心を一つにする

 人間には生きるための欲望が全くなかったならば生きて行けません。しかし、そこには正しい欲望と正しくない欲望があるのです。
 神を知りたいという欲望。人間らしく生きたいとの思い等、正しい欲望があります。
 それとは別に、名誉欲や物欲等肉体を持っているが為の必要以上の欲望があります。
 これを「我(が)」の欲と普通呼んでいますが、この欲によって判断を誤り悩みや苦しみが生まれてきます。この二つの心が一つとして動くように努力する事が必要です。
一つは神に通ずる正しい欲望ですから、恒にこの思いに従っていく事です。
 その為には、自分の心を恒に見つめて油断しないことです。
 人に禍を及ぼす念波は心の奥から出るのですから、心奥から直すことを考えねばなりません。そうでないと本当に心を清める事にはならないのですから。

 腹の底にあるもの(囚われ)は出して忘れる訓練。人の事は気に留めず、聞き流す訓練を注意深く行います。神を信じ、難しいときは神の指導をお願いします。心は自分のものであって、自分のものではないのです。人は自分の力では、よく判らないし、自由に出来ない。ですから正しい生きざまを実践するには神と一緒に生きるより方法はないのです。

 多くの人は自分の心に忠実でないから、迷ったり苦しんだりします。それは本当の心の正しい欲求を感じていながら、反対の欲望に従うからです。我の心はなかなか取り去ることは困難ですから忘れる様に心掛けます。我念が起こってきたら唯ひたすら神に念じることです。無理に取り去ろうとする事は囚われです、ですから神にお願いして、忘れるのです。

 私共は我執が無ければ素直に成れるものです。こうした訓練努力をしようという決心が出来ていないといろいろと迷いが出てきて、その隙に邪霊にやられるものです。ですから、神と共に生きているという自覚が必要です。

                                                  

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『戦後思想』 克服のために 5

〜 極まればまた蘇る道ありて 〜

小柳陽太郎


  占領軍の言論弾圧

 (前号からの続き)
 ではどうして日本人の精神はこんなにガタガタにされてしまったのか。
 その手口は実に巧妙で徹底的でした。世界の歴史の中で多くの国々が破れて地上から姿を消した例は無数にあります。例えば大航海時代と言われた、ヨーロッパの壮大な世界征服の時代にスペインやポルトガルがどんな残酷な手段で次々に国を滅ぼし、民族を抹殺していったか。そういう例を挙げていけば枚挙にいとまはありません。しかしそういう歴史は誰の目にも、その非人道的な罪悪がはっきりと分かるのですが、日本の場合はそう見えなかった。

 それほど巧妙に、陰惨に一国の精神がダメにされた例は、史上稀ではないでしょうか。
 それはまさに世界の歴史始まって以来の大事件だった。そして誠に残念ながら占領軍はものの見事にその目的を果たして日本を去ったのです。だが今に至るまで日本人はそのことに本当に気づくことなく、
「夷狄の悪むべき所以」が全く分からなくなってしまっている。

 では一体どうしてこんなことになってしまったのか。それはいろいろありましょうが、中でも近代文明を駆使した、徹底的な言論の弾圧と情報の操作、一切の情報を検閲の中に封じ込め、その空白に新たな情報を、全国津々浦々に張り巡らされた新聞、ラジオなどの報道機関、教育施設を通して、湯水のように流し続けたことによるものでした。
 先ほど申し上げましたように降伏文書に調印したのが二十年の九月二日、それから直ちに新聞社、出版社、放送局などの検閲が始まる。そして早くも九月十四日には同盟通信社、十八日には朝日新聞社が占領軍の方針を理解していないという理由で発行停止の処分を受けるのです。それに対して抗議をしてももちろん占領軍は一切受け付けない。占領軍はお前たちと交渉のテーブルにつくつもりはない、お前たちにはただ命令するだけだとはっきり言明して、言論の弾圧に掛かったのです。

 ところが、そのようなことは現在の学校の教育では一切触れようとしない。しないどころか戦後の日本は軍部や憲兵隊などから徹底した言論弾圧を受けた、しかし戦後、占領軍のおかげですべて言論は自由、実に平和な、伸び伸びとした時代になった、そう教えられているのです。冗談ではない。例えば皆さんの中にはそういうご経験の方もいらっしゃるかもしれませんが、私は当時大学に通っていましたが、そのころプライベートな手紙が占領軍の手によって開封される、そのあとをセロテープで改めて封をして配達されることがよくありました。私たちはセロテープというものを初めて見たこともあって、便利なものだと思いながらも腹立たしい思いでその手紙の封を切った記憶が鮮明です。
 戦時中、特に戦争が激化したところには確かに言論の統制は厳しかった。しかしその時でも私信の検閲というのは軍隊の内部に限られていたことで、個人の手紙を郵便局で勝手に開封するといった人格を完全に無視したような検閲は絶対になかった、それを占領軍はやったのです。

 こうして十月になると一切の言論の自由の撤廃が指令されて、すべての出版物が占領軍の監視下におかれ、さらには十二月八日、この日が大東亜戦争開戦の日なのですが、この日を期してすべての新聞に、占領軍の手によって作られた「太平洋戦争史」の連載が始まるのです。次いで、翌九日からは「真相はこうだ」というラジオ番組が放送されて、日本がいかに無謀な戦争を仕掛け、いかに残酷な行為を続けたかという徹底したキャンペーンを張ったのです。さらに十二月十五日の神道指令では「大東亜戦争」という言葉の使用禁止をして「太平洋戦争」と呼ぶように指令(それがマスコミや教育界で現在でも守られているのはご存知のとおりです)、十二月三十一日には修身、日本史、地理の授業を停止して、それらの教科書をすべて廃止してしまった。

 これらを総括して彼らは
「ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム」 
 ──日本人に戦争犯罪の意識を植え付ける洗脳計画──
と呼ぶのですが、その洗脳の嵐が日本中を吹き荒れたのです。だが先ほど申し上げたように、今日の日本では、特に教育界では全くこのことを取り上げようとはしない。それは一つには占領のやり方が実に巧妙だったことがある。即ち、そのような検閲が行われたことは、一般には一切分からないように、例えば新聞紙面では、削除された個所が空白のままにしてあると、検閲が行われたと察知されるので、検閲の痕跡をすべてなくしてしまうように指示したのです。こうして占領軍は実に巧みに日本人の意識を変えていった。
 特に問題なのは、このように言論を思うように操作したあと、二、三年たったころでしたか、占領軍は事前検閲から事後検閲に切り替えた。すなわち発行以前にお伺いを立てる必要はなく、発行後に提出すればいいように改めたのです。ということは一見自由になったようですが、そうではない。事前検閲だと、もしひっかかれば、その場で訂正すればよかった。しかし事後検閲は、もし占領軍からクレームがつけば、すでに印刷した新聞も雑誌も全部反故にしなければならないことになる。そんなことになれば新聞社も出版社も死活問題になってしまう。そのために、それに携わる人は必要以上に自己検閲をすることになる。つまり常に占領軍の顔色を伺いながら文章を書くという習性が身についてしまったのです。自分でものを見ることが出来ない。「占領軍の目」でものを見るようになってしまった。このことを、文芸評論家の江藤淳という方は実に綿密な調査をして、日本人は自分の生きた目をえぐり取られて「占領軍の目」という義眼をはめこまれた、とおっしゃっています。(『閉された言語空間』文芸春秋社)

 まさにその通りで、日本の新聞社も出版社も、そういうものに携わった文化人はすべて義眼でしかものが見えないようになった。実はその「義眼」が現在まで、日本のすべてのジャーナリズム、言論界を動かし、国民すべてがその影響のもとに生きているのです。南京で三十万人を虐殺したと言われれば、それに抗議することをあたかも罪悪のようにためらい、日本人の虐殺行為が報道されれば、鬼の首でも取ったように喜ぶ風潮、すべてそれはこの「義眼」のなせる業なのです。もっともこの場合は「占領軍の目」というより、「アジア近隣の目」と言った方がいいかもしれない。

いずれにせよ、日本人は「自分の目」で自分を見ることが出来ないようになったのです。自分を見るときは常に他人の目で見るように習慣づけられてしまったのです。




  ◎ 著者紹介
  小柳陽太郎(こやなぎ・ようたろう)
 大正12年生まれ。旧制佐賀高等学校を経て、東京帝国大学文学部に入学。学徒出陣。
 戦後、福岡県立修猷館高校で長年にわたり教鞭をとる。元九州造形短期大学教授。
 現在、社団法人国民文化研究会副理事長。
  著書に『戦後教育の中で』(国民研叢書)『教室から消えた「ものを見る目」、「歴史を見る
  目」』(草思社)
  編著に『歴代天皇の御歌』(日本教文社)『平成の大みうたを仰ぐ』(展転社)『嵐の中の灯
  台』(明成社)


 ※ お子様が居られる方、教育に関心のある方は『教室から消えた「ものを見る目」、「歴史
    を見る目」』と『嵐の中の灯台』をご一読されますようをお薦めいたします。 


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   鎮守の杜から  
高宮八幡宮  宮司  古賀靖啓

  

  伊勢の神宮は世界中から人が訪れますが、西洋の方でも一様にそのえもいわれぬ荘厳さや日本人が感じる有り難さのようなもの(神さびた雰囲気)を感じるようです。
 それは神気と自然の醸し出す気の働きによるものです。その気を感じ取った時、人は清々しいと表現するようです。
 鎮守の杜にこもる荘厳な気は森林浴とは違う神々の気が含まれているのです。

 高宮八幡宮は福岡の街の中にありながら、規模こそ小さいですが鎮守の杜と言える雰囲気を保っております。これは偏に高貴な神々の働きによるものと有り難く思っております。 
 鎮守の杜はその地域の最も神聖な場所であり、その地域のシンボルとして祭るわけですからその地域の代表者が司祭権を継承してきました。  
 私共が住んでいる土地は空気や水、食べ物を与えてくれる、生命の親であると感じてきたのです。土地と命の象徴である鎮守の杜に鎮まる神に畏敬の念と感謝を捧げて、すべての生活(農耕・年中行事・家庭生活)を行ってきたのです。

言い換えれば、鎮守の杜(神社)に、人が生きるすべての価値が在ったと言ってよいでしょう。
 
 世界にも稀な鎮守の杜という空間、そこで営まれた事、価値や意味、時間、私共はこの日本人の生きざま、文化を継承していきたいと思います。それは二千年はゆうに遡ることが出来る文化のオリジナルであります。鎮守の杜を営んできた古代から現代に繋がるご先祖たち、そこに日本の独自の感性が培われてきたように思われます。
 古代から伝わる鎮守の杜の感性を学び伝えて、未来を見つめる叡智の源泉としたいのです。あらゆる文化を包み込んできた鎮守の杜、現代文明の行き詰まりに新しい光を照らす鍵となることと思っております。




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◇ 神道生活講座のご案内 ◇

      第1土曜日 13時半  崇敬会主催

 神習う道の探求というテーマで、御神歌集の拝読会と日常起こる問題を織り込み、ご質問に答える形で進めております。
 この講座では学問や知的な興味を満足させるのではなく、まさしく神の実在を心魂に刻んで戴ければと考えております。
 心を浄化しご先祖を浄化して、信仰の有り難さ御陰を体現していただく為の講座となればと思っております。
 その鍵は、無私の祈り(浄心)とご先祖の浄化にあります。このような時代だからこそ、神と共に喜びのある人生を、価値ある生き方をお互いに励まし合いながら見出しましょう。


   

 ◎◎ 御造営に御神意を伺う ◎◎

  当宮は鎮座して千三百年以上、現在のTNCのテレビ塔一帯の高いところから今の場所に遷られて四百年になります。
 これを記念いたしまして、御造営事業を計画。全体の計画を立て老朽化した危険な建物から行う予定を立てました。

 本殿が一番傷みが少なく最後に着手すべく計画しておりましたが、本殿等の重要部分に損傷がありそこから先ず手をつけることと致しました。そのことに気づきましたのは御神霊のお知らせがあったからでございます。

それと時同じくして、この度本殿拝殿等の棟札が五点ほど出てまいりました。
 本殿と一の鳥居は藩主黒田公の奉納と伝えられておりましたところ、寛永年間の棟札に二代藩主忠之公の奉納を記してありました。 また、天保年間の棟札には惣産子として高宮村、平尾、野間、若久、屋形原、野多目、和田、老司、塩原、清水、日佐、那珂、竹下、春日、安徳、馬出、堅粕までの十七村の名前が書いてありました。那珂の郡の鎮守、高神様という伝承を裏付けるものでした。

 神社の伝統護持と日本文化の継承に皆様のご理解と暖かいご支援をお願いいたします。
 ご寄付は御社頭にて受付を致しております。


◎ 御造営奉賛会は設立の準備中です。


 

     
 ◎ ご祈願のご案内 ◎

 社頭祈願

   初宮詣  ・交通安全・厄年祓い・安産祈願
   受験合格・学業祈願・家内安全・病気平癒
   身体健全・年寿祭(還暦・古希等)
   商売繁盛・会社安全・移転奉告祭
   方除け  ・霊障除け

 先祖祭祀

   命日祭 ・ 年忌祭 ・ 水子鎮祭 ・ 霊障解除祭

 出張祭典

   地鎮祭・竣工祭・井戸祓い・解体祓い
   移転家祓い・方除け・霊障解除祭


◎厄年  《15年度》 数え年(干支)

男性=25歳(未) ◎42歳(寅) 61歳(未)
女性=19歳(丑) ◎33歳(亥) 37歳(未)

◎は大厄、前後を前厄、後厄といいます。
 

 

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1月・2月・3月の行事  


1月の行事

朔日   元旦祭     深夜
3日    元始祭    11時
 11日(土)〜13日   しめ縄受付
13日(成人の日)   とんど焼き
18日(土) 神道生活講座    

2月の行事

朔日   月次祭   11時
2日(日)  節分祭  16時  
8日(土) 神道生活講座 13時半
15日    月次祭   11時 

3月の行事

朔日     月次祭      11時
3日(土) 神道生活講座 13時半
15日     月次祭      11時
21日   春の先祖祭        
       


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