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高宮八幡宮社報 やまもも <発行> |
只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心
第13号 平成14年9月 発行
明るい心を持つ |
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鎮守の杜の自然観 第5回 人は神の子 古来より日本人は、神と人は親子関係の延長上にあると考えています。 人の生活の場であり生活を支える豊かな自然は、神の現れであるとしてきました。小石 一つにも草木一本にも神は宿るし、神の存在を示す尊厳があると感じてきました。 私たちのご先祖は、神は私たちに命を与え、生きる場所を食べ物を与えくれている。それは命を育てる、命を守る働きだから、生き物の世界で言えば親である。私たちは神の情愛の中で生かされており、神のご恩を受けている身である。このように感じていました。 そして、人は神から魂を分かち与えてもらい、この世に産まれてくると信じられており、人は神の分け魂を持つとされているのです。 ヒトのその文字の持つ意味はヒ=霊(神)、ト=止める、という意味であるとします。つまり、人とはこの世にあって神の霊性を止めている存在と言うことなのです。これは人だけのことで、他の動植物にはないことです。それゆえに人を万物の霊長(タマオサ)とするのです。 産土の神 私たちの生活はすべて自然の恵みによって行われております。住まう土地、飲み水、食物、生活用品、建設材料、空気に至るまで何一つ自然の恵みでない物はありません。 産土の神はその土地にあるすべての命を生み出し、育て司る神です。それは、その土地にあるすべての命(自然の営み)を支えるのが産土の神の働き(御神徳)であると言えます。 この神を私たちの命の大元、親先祖を命の元として敬い感謝してまいりました。私たちの命の大元であり親でもある神様の居られるところが鎮守の杜なのです。 祭と年中行事 神様と人の関係が日本人の物の考え方、感性、生き方、価値観に大きな影響を与えてきました。それを私たちはあまり意識せずに親から子に伝えてきているのです。その生き方を神随(かんながら)と呼んでいました。 日本人の古来からの価値観をよく伝えているのが祭であり年中行事です。ここには見ざるものに畏敬を感じる心、物事に素直に感謝すること、命の大切さ、人としてどう生きるべきかなどのことが、親や先輩の背中を通して伝わり学べるようになっていました。家族や地域の共同体の一人として自ずから身に付けて行くようになっていました。 この価値観を破る行為をすることを、「天に唾する・恥知らず・罰当たり・死んで親に合わせる顔がない・人でなし」と言って誡めてきました。 |
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9月の行事 朔日・十五日 月次祭 十一時 七日 (土) 神道講座 十三時半 二十三日(月) 秋の彼岸祭 十二時 |
10月の行事 朔日・十五日 月次祭 十一時 五日 (土) 神道講座 十三時半 二十日 (日) 秋季大祭 十一時 |