高宮八幡宮社報  やまもも

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只心 心すめよと 祈れかし 心澄むこと これが信心

第10号 平成14年3月 発行

神棚を祀ろう 御遷宮四百年記念事業 心を深める

鎮守の森の自然観(第3回) 鎮守の森[産土神]へのお誘い 日華親善友好訪問 その2 宅神祭 3月、4月の行事



神棚を祀ろう

顔や手を洗うのは洗面所、身体を洗うのはお風呂、心はどこで洗いますか?

現代社会はストレスの多い世の中であることは周知の通りです。 近頃は「癒し系」といわれる音楽や映像や物に人気があるようです。
昔から、「困った時の神頼み」と言われますが、 経験的に不思議な御蔭と呼ばれる力があるのを知っているからでしょう。
 よくお年寄りが朝夕、神仏に向かって小声で話しているのに気付いたことはありませんか。 神仏は困った時にお願いをするのではなく、 常日頃から対話していれば心と魂が洗われ癒されるはずです。 神様は命の元、魂の親なのですから。
 家に神棚を祀る、こんな有り難いことはありません。 命の元、魂の親に家に来ていただけるのですから。

御遷宮四百年記念事業

当社は平成十四年から御遷宮の準備を致します。 宮の尾と呼ばれる、現在のTNCテレビ塔一帯の高いところから、 今の場所に戻られてからちょうど四百年目に当たります。

この目出度い年を記念いたしまして、御造営事業を計画いたしております。 老朽化して危険な建物がございますので、全体の計画が立ち次第随時行う予定でございます。

神社の伝統護持と日本文化の継承に皆様のご理解と温かいご支援をお願い致します。 ご寄付は御社頭にて受付をしております。



心を深める第2回
名誉宮司 木原邦雄 

神の指導の取り方

勘の取り方は、一番にピンと来たのを取らねばなりません。 最初に浮かんだものを取るのです。恒に心を澄ませて聞くとです。
 受ける姿勢ですが、気を緩めずに受ける姿勢でいることが必要です。 低い神等の反応を受けることがあるので気を緩めてはいけないのです。 低い神に対しての警戒心も必要です。  それには「心の切り替え」の修行が必要です。
 心にゆとりが出来れば勘が働くようになるのです。すなわち囚われの無い心境です。

*低い神:位が低いというだけでなく、邪神、悪神、物の怪、邪霊の類も意味します。

心の切り替え

今抱えている問題を全て神に預けてしまうことは、自分の心を切り替えることです。 想いを転換することです。悩みから抜け出るには心の切り替え、想いの転換が必要になります。
悩みや悲しみや苦しみに入り込んでしまうと、それ以外のことは出来なくなります。 他のことには手がつけられません。それではいつまでも抜け出ることが出来ません。
ですから、心に余裕を持つために神と共に働く(居る)という意識が必要です。 それで問題を神にお預けして心を切り替えていくのです。
 神を恒に心に居れていれば、自分が清らかな心で居れば神はいつも心の中に居られるのですから。 心配も悩みも無く、楽しい日常であれば神は恒に側に居られるのです。 そうすれば思いつくことも、する事も、神意に適うのです。
 否、神様がなさるというのが正しいのかも判りません。 私共は恒にこのことを実行するのです。次第に出来てきます。  心の油断ができると乱れが出てきますから、決心を持って実行していくのです。

 

鎮守の杜の自然観 第3回

多様性こそ自然の表現

植物を通しての自然観察から多様性ということの重要性が言われております。(環境の相互作用・種の絶滅等々)

我々の祖先は鎮守の森を大切に守ってきました。そして、八百万の神を崇め祀ってきました。 あらゆる自然の中に神性を感じているからこそ、自然の中に神を感じ、自然を神と崇めるわけです。
 自然を素直に見つめる感性が多神教という自然な信仰を生んだようです。 自然から学び、自然と共存するそれが八百万の神の信仰と言ってもいいでしょう。
 それは多様性に価値を見出す生き方であり、他者の価値を認め共存するという「和」の精神の源と言えるでしょう。

鎮守の森は日本人のものの考え方や生き方と親密な関係を持っているようです。
 生命や生命に関わることは全て神聖なことと感じていました。それが動物に止まらず植物や鉱物にまで及びます。 また、自分の命の糧として食物にも神聖さを見出しました。

高木から低木、草や苔、茸や細菌類に至まで多くの生物が森の中には共存しております。 この多様な総合作用の中、命は継承されてきたのです。
 近頃、環境を保つ働きをしているということで細菌の重要性が言われていますが、 神話の中で語られるように目に見えない程のカビにも、 神を感じた古代日本人の鋭い洞察力には感心いたします。


生物世界の秩序

すべての生物はこの世に生まれたとたんに、 環境の影響を始め生物の別種類や同種類の間でもお互いに干渉しあって生きて行かざるをえなくなります。

そのときの生物相互間の秩序は「競争と共存と忍耐」であるとされます。
 競争では直接の競争相手ではなく間接の競争相手、 すなわち環境の変化が最も恐ろしい相手となるとされております。
共存については生物社会では共存が全ての大前提であり、 競争現象も生物秩序の枠の中では共存の一面に過ぎないとされます。 そして、どんなに自分が強くとも集団の構成要員として忍耐、我慢が強いられる。 特に移動能力を持たない、逃げ出すことの出来ない植物は最も厳しい忍耐が必要となります。

これらの結果、住み分けがおこる。生物は共存するしかなく、 競争も共存の一面であり、共存のため住み分けと我慢が要求される。
住み分けして我慢をしている状態でその環境が保全され永続されていく訳です。  つまり、自然の有様とは、多くのもの同士がお互いに競争して、 我慢して共存できる状態に均衡を保っているという、この様です。

人生訓や説教をきいているような感じですね。 やはり、日本人は自然を父母として学び育ってきたように思えます。

生理的最適状態と生態的最適状態

生理的最適状態とはその生物にとって最も好ましい環境のことをいう。
生理的最適状態は伸び栄えて妨げるものもなく我慢しなくてよいさまである。 しかし、環境の変化など起こると弱いのである。自然淘汰や急激な環境変化の前段階に良くある状態でもある。
生態的最適状態とは現実の厳しい、他の植物との競争関係の下、我慢を強いられている、 そして複雑な相互関係のもと共存しており、自然と住み分けが起こり、全体としてとても強い状態となる。

このバランスを保って環境が維持されていくのです。

このことは生物の事をいっているのですが、どうしても人のことや社会のことを言っているように聞こえてしまいます。 もちろん、私達も自然環境の一部なのですから、当然といえば当然ですよね。人も自分の思うように成らず、諸々の抵抗強くなれる。しかし、 思いやりもなく住み分けという共存が成されなければ全体のバランスを失い生活基盤そのものを壊してしまう。 これが自然の法則といえるでしょう。

鎮守の森[産土神]へのお誘い

投稿:熊本敏之(大池在住)

近頃、里山とか、鎮守の森、などの言葉を新聞、テレビなどでよく聞くようになりました。 急激な都市化の反動でしょうか? 
この高宮、平尾、野間一帯も道路が良くなり拡張されると同時に、 静かな住宅地から便利な商業地に変貌してしまいました。 しかし、一歩山の手に入るとまだまだこの地区は市内でも多くの緑が残されている恵まれたところでございます。  その一角にこんもりと繁った昔ながらの鎮守の森、高宮八幡宮が鎮座しています。
現在、高宮八幡宮では神主さんが常勤し、朔日(一日)、十五日の月例祭を始め、 春夏秋冬正月の全ての祭りが行われています。

特筆すべきことは、朔日、十五日の祭りには多くの方が参列されたり、 毎月、神様や人の生きる道をわかりやすくお話する講座があり、また、 人生のあらゆる事について親しく相談に乗っていただけます。 他にこの様な神社はございませんので、本当に家族共々有り難いことだと思っております。

私は大池に住まいを定めたのを機会に四半世紀の間毎朝参拝させていただいております。 高一の娘を筆頭に中三、中一、小三の一男三女の子供を抱えてお参りを始めました。 苦しい時、辛い時、困った時、思うようにならぬ時、 毎日高宮八幡宮の産土神に自分の心をさらけ出し、ぶちつけて神前に拝む時、心が晴れ、或いは勇気が湧き、 今日の日まで生き抜いて参りました。
   神様はご利益ばかり下さいません。 神に近づこうとすればする程試練を与えられるのでしょうか、それほど私共の欲が多すぎるのでしょうか。 しかし、この歳月を振り返ってみますと、子供達はそれぞれ良き伴侶を得、 子供を授かり、神に感謝して生活しているようでございます。  昨年三月には、度々流産して子供を授からなかった長男のところにも、 女の子を授けていただき、爺婆の願いを聞いていただきました。本当に有り難いことです。 医者からは何度も流産しているから、早産になるか、帝王切開しなければならない様な、 弱い子が出来易いと言われていましたが、お蔭様で月も満ち、 小さめですが立派に産道を通って生まれてきました。

神社の古老のお話によると、この高宮八幡宮は大変位の高い神様で、 ものすごいお力のある神様といういい伝えがあるそうです。 また、自分のことを申し上げるのはありませんが、子授けと安産の御利益もよく耳にします。 黒田藩杖術指南役夢想権之助の母親がここ高宮八幡宮に祈願されて子供を授かったという伝承もあります。 子供が出来難い人や、欲しい人、安産を願われる方は是非御祈願にお出でください。
 子授けのご祈願は一番難しいとされておりますから、 その他のお願い事も必ずお聞き下さるでしょう。悩み事や相談事のある方はどこよりもまず、 氏神の神主さんを尋ねられたらよいでしょう。
 想えば、この二十数年間毎朝、石段を掃除される方や真剣に祈っておられる方など、 たくさんの参拝者を見て参りました。私も古希を迎え、 何となく神の存在の在り難さがわかってきたようです。このたびの喜びを私共だけでなく、 多くの方に高宮八幡宮の御神徳を知って頂きたく、『やまもも』に投稿させていただきました。

祈りして また祈りして 生まれ来し
初嬰児は 神います顔


小さきと 比べて人は 言うけれど
神の恵みの 多かりし孫

普段は和歌など詠んだことはありませんが、口をついて歌が出て参りましたので、 お恥ずかしいですが書かせて頂きました。 

最後に、最近は聞かれなくなった「福岡弁」で声を大にして皆様へ。

一度、高宮八幡宮へおいでまっせ。 来てんくなざっせ。来てがっしゃい。寄ってがっしゃい。


日華親善友好慰霊訪問 その2
古賀靖啓

日本精神に触れる旅

◎元日本人

今回のこの旅行中「日本人のあなた、日本人として誇りを持って頑張ってください。」
最終日前夜、台北の三越デパートの横で信号待ちをしている時、 流暢で上品な日本語で話しかけられました。 そして、「私は日本軍として戦いました」と言われたので、昨日宝覚寺で台湾人元日本軍人の慰霊祭をしたことを伝えますと、 「それはありがとう。日本人は靖国神社のことなど胸を張って堂々として欲しい。当たり前のことをしているのだから。」  そして最後には、「お国のために頑張ってください」と言われた。
 信号を渡りきって、同行していた小柳陽太郎先生と藤田達男さんに振り返って立派な日本語でしたね、 と話し掛けると二人は話していたので気が付いていないようであり、 今話していたその人を示そうと目で追ったが人混みの中に消えていた。
 ただ、「お国のために」という言葉が耳に残りました。

◎日本精神

日本精神とは今でも台湾で、勤勉で正直、約束を必ず守るなどの道徳的であるなど、 諸々の善いことを表現する言葉として使われています。
近年、台湾では日本統治時代を正しく評価する歴史教育が始まっています。 ところが、日本では自虐史観という<虚構>が、日本人から「自信」と「誇り」を失わせてしまいました。
 台湾を訪ねて、日本統治時代の教育を受けた方の印象を述べれば、大変な親日家であり、 れた人となりをもっておられる。そして、そのことから想像するに、 当時の日本人は全体として優れた人柄(人格)を持っていたように思えます。

最近、ニュースでは政治家、官僚、企業の経営者、 まさしく今の日本を代表する人たちの、損得勘定のみで右往左往する、 恥知らずな哀れ無惨な様が曝け出されています。
 優れた人格というものは、言葉や民族、文化、宗教も超えて相手に伝わるものです。 テレビなどで未開の先住民族の映像を見ても、部族の長は常に仲間のことを思い計っており、 そこに一種の風格を持っています。
 それは知力や体力ではない、人格の力であります。教育の目的はそこにあるべきで、 老いても変わらないものであります。 グローバル化といわれる時代こそ、立派な人格が重要になります。 台湾で語り継がれる日本精神に触れ、日本人の生き方を見直す時期が来たように思います。

宅神祭(たくしんさい)

家祈祷(やぎとう)や年二回行う処では春・秋祈祷と呼ばれ、 神主さんに来て貰って神棚にお供えをしてお祭をします。
 この習慣は戦前は広く行われておりましたが、戦後は減少しております。 それと共に、地域の繋がりが薄れ、伝統や風習の中に受け継ぐ精神性を無くしてきました。 そのことにより心を失う場所を失いました。
 不安になっても相談するところも無く、霊感商法やカルトなどにも無防備になり、大きな社会問題となっております。

当宮では宅神祭(出張祭典)御社頭の祈願を始め、あらゆる相談をお受けしております。

3月の行事
朔(=1)日・15日 月次祭 11時
21日 彼岸祭(霊祭り) 12時

4月の行事 朔(=1)日・15日 月次祭 11時
6日 神道講座  13時半


神棚を祀ろう 御遷宮四百年記念事業 心を深める

鎮守の森の自然観(第3回) 鎮守の森[産土神]へのお誘い 日華親善友好訪問 その2 宅神祭 3月、4月の行事