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「神道がめざすもの」〈3.11以降の世界の状況〉講演録5

〈一刻も早く原発廃止を〉

原発マネーに群がった欲深い人々、「神みそなわす」という信念を失った人間たちの正体というものはこのようなものであります。政界人も財界人も、学者もメディアも、何から何まで巨大な利権欲しさに自己の魂を悪魔に売り飛ばし、国民世論をお金で誘導し目を晦まさせ、この国を売った者たちであると私はそう理解しております。到底許されざる、人として最も卑劣極まりない行為ではないでしょうか。

土地やお土(つち)は神様なのですから〈何のために地鎮祭をやっているのですか?〉。

もっと私たち神仕えする神職が、日本人の生きる道を強く説いて行かなければなりません。遠い過去から先祖伝来其処に住みつき、海川山野の様々な幸に恵まれて暮らし続け、守り通して来た土地や生まれ育った故郷(ふるさと)を永遠に追い出されるような生き方を私たちは決してしてはならないのではないでしょうか。

土地神や先祖が言葉にならない汗と努力で後世に継承して来たものを一瞬で奪い去ってしまうなど、神道の教え・神道の基本精神にまったく相反する生き方だと思います。神主の職務はただ単に祭祀を執行するのみではなく、「神意を問い、神教を受け」て、それを為政者たちに伝達するという実に重大な責務があるのです。

神仕えする神職の皆様方は、常日頃自分が為すことが、果して社会的にどのような意味を持っているのか、そして、どのような社会的責任がつきまとっているのかということについて、各自よくよく考えておかねばなりません。

私思いますに、神主という御役目は人間が為すあらゆる務めの中で、聖なる職務のその最たるものであり、何よりも「神意を第一」として、神の御心を為政者たちに伝えることこそ、その天より与えられた御役目の主たるものであり、決して人為によってはピリとも動かぬようにしなければなりません。ましてや、御金や役得をちらつかされて直ぐに心動かされ迷うようであっては、神主の御役目は決して務まらないと思います。その歴史的に分かり易い事例が臣下の身で帝位につかんことを窺った僧道鏡に媚びて、八幡神の託宣を曲げた大宰主神習宜(だざいのかんづかさすげの)阿曽麻呂や禰宜与曽女(ねぎよそめ)たちの偽託事件です。私たちは道鏡の怨(あだ)を懼れることなく、その偽託を見破り、八幡神の神意を承った和気清麻呂の勇気ある行動をこそ見習わなければならないと思います。宇佐八幡宮の学頭「神吽(じんうん)」は「宣(せん)絶えて久し」と歎き、散逸した託宣記録を探し集め苦労して『八幡宇佐託宣集』を編纂したが、私たち日本人の生きる道ともいうべき「神道」は神霊の実在を抜きにしてあり得ないことはいうまでもない。理屈でもなんでもない、この神道(かみのみち)こそが世界の滅亡を救う唯一の道であることは、宇佐神宮の御祭神の御神号が「八幡大菩薩」とあることによっても知り得るであろう。

一体、私たちにとって〈幸せ〉とは、〈豊かさ〉とは何であろうか。一、九三八年の暮れにドイツの科学者オットー・ハーンとリーゼ・マイトナーがウランが核分裂することを始めて見つけたが、このウランは地球上には全く僅少しか存在しないものである。こともあろうに人間は、天然ウランから人工的にプルトニウムという人類史上最大の危険極まりない毒物を造り出すことに成功した。日本の原発は一年間で広島原爆五万発分の核分裂生成物を生み出している。一、九六八年から原子力発電を始めてすでに四十年以上経ち、生み出した核分裂生成物(死の灰)は広島原爆の二十万発分になるという。この放射性廃棄物は百万年間、どこかに隔離しておかなければならないという、大変危険で厄介な代物である。反原発の世論を弱体化させることに腐心する「官民一体の裏工作(やらせ)」には、まったく呆れ果ててしまい、何をかいわんやである。

福島で人類未曾有の原発事故を起こして、事態収拾の予測がつかず、今も暗中模索の状態であるにも拘わらず、安全宣言すら一向に為されずにいるというのに、トルコやリトアニアに原発を輸出しようとしているのですから、その厚顔さにはまったくあきれ果てます。

品性に拘わることで軽々に申し上げる事柄ではありませんが、今日は敢えて申し上げます。核兵器を持つことは覇道(はどう)(武力を用いて人を圧迫すること)であり、賛成できません。やはり、日本は神国なのですから徳によって人を慕わせる王道に生きるべきだと思います。特に神仕えする私たちは、歴史(文永・弘安の役)が如実に示す如く、神を信じ、神への「祈り」に徹して此の国を守るべきことを強く主張すべきだと思います。

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