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物の気=モノノケに注意

物の気と言うと、妖怪や化け物のことを思い浮かべます。日本の古典や民間信仰において、人間に憑いて苦しめたり、病気にさせたり、死に至らせたりするといわれる怨霊、死霊、生霊など霊のこととされています。
それとは別に一般には言われておりませんが、人の想念から作られるあらゆる物には波動があり、それらも物の気の一種です。それには正邪、清濁もあります。その中に思想、イデオロギー、社会制度、宗教というモノも物の気の一つとして含まれます。それが人に憑いて、考え方や生き方さらには世の中までその影響を与えます。
世界中の歴史を見ると宗教戦争やイデオロギーによる争いが多く、それは物の気の戦いと言うことです。
日本は神話の国譲りの話にあるとおり、平和な国で争い事も少なく「和を尊ぶこと」を国是としてきた国です。それは日本人が常に祓いを繰り返し私利私欲の思い、すなわち私心を去って生きることを人の生き方の本筋として守り続けてきたからです。
皇室は祭祀優先と言って神々を祀ることを最優先されています。その神祭りの基本は私心なき真心の祈りです、天皇陛下は歴代その私心なき祈り(国安かれ民安かれ…)を続けておられます。それに呼応する形で伊勢神宮をはじめ全国の神社があり、各家庭に神棚が祀られているのが日本国の日本国たる所以であります。
神話に始まったことが今も続けられている、このような国は世界では日本だけしか有りません。どんなに古い伝統や物でも今もその通りに続けられていれば遺産ではありません。伊勢神宮は二十年に一度建て替えますので遺産にはなりませんし、聞くところによれば国宝が無いとさえ言われています。世界で最も古くから続く王朝の世襲行事である大嘗祭も、その御殿をはじめ全ての祭具類は臨時の物として終われば取り壊されます。必ず続けるということが大事なことで、それは神様とのお約束(神勅)なのです。それで日本は神国でありそこに暮らすのは神国の民、神の末裔だと言えるのだと思います。
これだけの素晴らしい歴史伝統を持ち、国家元首であられる陛下からお祈り頂ける国民であることは本当に有り難く、心から日本人でよかったと思います。
それをどうやって守り続けた来たのか、それは申すまでもなく神祭りを行い、私心を祓ってきたからです。日本では宗教的な教義や戒律はなくとも、農耕と神事と先祖祭を通して、地域社会の中で共存していく知恵を育み、人の生き方として継承してきました。公という自然や社会の中で個人を優先することなく、公を優先し準ずる生き方。話し合いで「和」を徳目とした社会の緩やかな関係性の中で、謙虚さや謙譲するおおらかな風土を作り伝えてきたのです。それゆえ日本人は私心を少なくして、自ずと物の気から守られてきたのです。
日本には大化の改新以前から様々な文化や技術や制度、様式が入りましたが、いつの間にか日本的にして取り入れてきました。それは思想やイデオロギーという物の気に取り込まれることなく、私心なき無私の心という神霊に通じる真心で生きてきたからです。真心であれば知る知らずにかかわらず、神の導きにより自ずと物事を間違わずに行えるものです(直日霊の働き=人の本質)。

現代は神祭りの風習、信仰も薄れかけています。そして、物の気は宗教の対立や個人主義、科学合理主義、社会主義、共産主義、市場経済、金融工学、IT産業、グローバリズム等手を変え品を変え襲ってきます。
日本は国難それも日本存亡の時と思われます。日本の国柄で言えば皇室が従来通り継承できない時は、神勅を果たせないことになります。それは日本が日本でなくなる始まりと思えるからです。
私どもは戦後教わらなくなった神話をはじめ国の歴史を学び直さなくてなりません。そして戦後教育の国を滅ぼすほどの大きな歪みを正さなくてはいけません。それは皆さんお気付きの日教組が行った、日本人が日本の国と日本人を嫌う為の反日自虐史観に基づいた教育です。それは教育からマスコミなどの言論や思想空間に植え付けられています。
この呪縛から離れ、日本の国の歩み、日本人の生き方に誇りを取り戻し、これから日本の国は如何にあるべきか、日本人はどのように生きていくべきかと問い直さなければなりません。日本文明はアジア中国文明の亜流などではなく、全く違った独自のものです。それも他のすべての文明が亡くした神と共に思い自然と共に生きる「随神の道」継承している最後の文明です。
歴史は今を正しく写す出す鏡として活用すべきものとして、古来日本では歴史書を鏡と名付けてあります。これからも悠久の時を継承できる鏡を取り戻さなくてはいけません。

あらゆる物の気を祓って、日本の国本来の輝き霊性を取り戻したく思います。その鍵は清く正しく生きること。神仏・親先祖を大切にすること。神と共に働くという労働の神聖観を持つこと。君民一体となって自然をはじめ世間様に生きて活かされているという生命観を持つことでありましょう。

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