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生まれ変わり ?

生まれ変わり=輪廻転生(りんねてんしょう)は近頃では当たり前のように言われていますが、私の中では戦前戦後には楠木正成親子の「七生報国」の言葉が思い返されるぐらいの事と思います。俳優の故丹波哲郎が映画を作って霊界ブームが起きましたが、その下地にスピリチュアルリズム、ニューエイジの流行があり、そしてアニメ、オカルト雑誌などによる「前世ブーム」が起きました。それまでは輪廻、生まれ変わりは今ほど意識されず、今のようには信じられていなかったようです。

輪廻はインドの思想で、この世を苦しみの世界と見て二度と生まれ変わりしない解脱(悟り)を理想としています。

輪廻思想はヒンドゥー教の前身であるバラモン教から始まりジャイナ教、仏教の影響を受けて後、ヒンドゥー教の輪廻説として完成されました。信心(心の有りよう)と行い(業)によって来世の宿命が定まるとされ、この業報思想はカーストの根拠となっています。
 私見ですが日本の仏教をお寺や法事を通して信仰しているぶんには問題ないのですが、仏教思想を学ぶとどうしても肌別れするというか日本人には合わない感じがします。それは仏教がこの世を苦しみの世界と定義してるからで、仏教の業報思想や因果律にとらわれると実際の生活観からはこの世は希望が持てなく厭世観がつきまとってきます。仏教思想を学ぶと言うか好むと厭世観に陥るようです。(日本の仏教は日本仏教と言われかなり変容した仏教です。実際の信仰上の運用面では日本化したと言うより、日本教仏教派の僧侶、衣を着てお経を唱える神主と言ったらいいほどです。)

日本人のオリジナルの生活観は豊葦原瑞穂の国に住まう神の末裔であり、豊かな自然の中で神と祖霊に守られながら働き生活をしていきます。そして、先祖から子孫へその生活が継承され発展していくことが約束されています(天壌無窮の神勅)。日本人は元よりこの世は極楽以上のすばらしい世界と思っていたのです。
 
さて生まれ変わりは日本の伝統的な考え方ではないわけです。実際に『古事記、日本書紀』をはじめ仏教の影響のないものには出てきません。仏教説話の『日本霊異記』『往生要集』が輪廻や因果応報と言う考え方を広める役割を果たしました。

しかし、先祖が輪廻転生して生まれ変われば死後世界には先祖はいないことになり、先祖供養は不必要になります。つまり輪廻転生と祖霊信仰は矛盾することになります。

また、仏教が日本化するにつれ往生思想や本覚思想が出来上がり、元よりある日本独自の死生観により、「死ねば皆ホトケになる」と考えるようになり輪廻転生は忘れ去られてしまいました。

今の「前世ブーム」後に広まった輪廻転生を取り込んだ死生観は伝統的な日本の死生観とは異なり、先祖祭祀と本質的には両立しません。それ故先祖祭祀は減少していると言われています。近頃従来の先祖への信仰離れが起きている原因の一つに、この輪廻思想があるとされています。

神仏を敬い死後の霊魂の存在を認める人はそのほとんどが生まれ変わりを肯定するようです、またスピリチュアリズムに興味を示す人も同様です。生まれ変わりを信じる人は五〇パーセントを超えているそうです。

神社神道では教義がありませんので積極的に輪廻の定義や議論はありませんが、祖霊祭祀を行い霊魂の存在を認めた形態で祖霊祭を行っています。しかし、その霊魂が生まれ変わるとは言われていません。

私も以前は生まれ変わりを信じており、いくつかの信じるに足る事例がありました。

一つは安谷白雲老師の門下木村清満老師のもとで本格的な接心会に前後一週間ほど詰めて参禅したことがありました。その真剣さ凄まじさに度肝を抜かれ人生観が変わってしまいました。その安谷老師の著書に生まれ変わりの実証実験と言える程の詳細な体験記録があり信じることになりました。

その後、古神道の山蔭基央先生に師事し、先生が若い頃には前生調査をしていたことを古い門人から聞きました。その中では別の方から調べてもらった同一人物を示された例が複数回ありました。そして、生まれ変わる前の前生の人物を実際に調べ、お墓や位牌や系図まで調べた例がありました。知りもしない他人の家の先祖の生まれ変わりと言われたり、自分家系でも七代前の生まれ変わりと言われその名前や職業、功績など言われたとおりだとこれは信じるしかありません。

実際の調査となると調べてもらった本人の行ったことも無い土地の過去のことを調べるのですから、それが史実として実証されるとこれはもう信じるしかありませんでした。これらが嘘だとするなら随分と手の込んだ壮大な準備が必要です。それとダライラマ法王が生まれ変わりの預言によって位に就かれることも信じるに足る話でした。

けれどもその後、師事した渡辺勝義先生は霊學においては生まれ変わりを完全に否定されております。実のところ霊魂の存在など霊的なことを認めつつ、確信的に生まれ変わりなど無いと言ってる人は渡辺先生以外見当たりませんでした。それから二〇年以上過ぎました、今では私は輪廻はないと思っております。

生まれ変わりが無いと言うことは来世がないことになります。今生は良い事が無かったけど来世ではきっと…とは言えません。来世があることによる慰めがないのはとっても残念ですね。それでこの世は少しでも持ち越しがないように、あの世に行ってから子孫に迷惑かけないようにと言うこと。この世はこの世で自分の出来ることを精一杯行い、後は神仏にお任せして、あの世はあの世で自分の務めを果たすということでしょう。人は生前と死後の世界は別物と思っていますが、神からは一つの世界で違いはないとされています。

日本古来の霊魂観では霊魂の核となる神と同質の直日(ナオヒ)と、この世にて活動する四魂と、その働きに応じて作り出された魄(ハク)があるとされます。

人が亡くなると直日は神界に帰ります。四魂のうち優れたものは神になります。魄は神の守護により時間をかけ浄化していきます。この場面では子孫の先祖供養が重要なことになります。先祖救われて(浄化)子孫が幸を受けることになります。

我々の四魂は親先祖の四魂及び魄の影響を受けるとされています。ここで因果の法則と同じく先祖の行いの影響が子孫に出ることになります。

誤解を恐れず申し上げれば、生まれ変わりのような現象は憑霊つまり魄の影響によるものと言えます。

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