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神の道 第三章現象(実相)編 完

一般に父親は家庭生活を支える主要な柱であるために、昔は「一家の大黒柱」と言われてたし、一種犯し難い威厳があって、陰で支える母親であってもそれは同様であった。所がこの頃は社会の状況も変わってきたため、母親もパートばかりか盛んに社会に進出するようになった。それはそれで良い事かも知れないが、だからといって母親として、また妻としての使命を疎かにしてよいというものでもあるまい。時代の推移とはいえ、台所を預かる奥方・奥様・御台所さまがその本来の精神を喪失して「表さま」「手前さま」になって頻繁に外を出歩くようになってしまったのでは、色々な問題を惹起しかねないからである。母親はまず神仏や親先祖の霊魂に仕えることが大切であると神霊は教えられるのである。

 ○ 子を思ふ 親の情けも 神なくば
    時に迷ひの もととなるぞや  (二九八)

 ○ 朝な夕な 先づ神仏 御先祖の
    霊魂に祈れ これ母の道    (二一二五)

   母こそは 神の手代り 乳母なり
    この役目こそ いとも大切   (二一二六)

   あやまたば 先づひれ伏して 詫びること
    これが乳母の一番の道     (二一二七)

 ○ 家内とは 目に見る 家の者ならず
    神の結びし 縁をぞ言ふ    (一三五三)

 親となり子となり、夫婦となり、家族となることのえにしはよくせきの縁であり、これは人間業ではなくて、神わざであると言っても誤りではなかろう。この奇縁を大切にし、父親も母親も、また子供等も人としての道を間違わぬように、踏み誤まらないように互いに気をつけなければならない。

 ○ 親となり 子となることの 計ひは
    神のみわざと よく悟れかし  (一八六)

  吾が子なり 吾が孫なりと 固まらば
   神の息吹きを 汝がさへぎるぞ  (二九九)
  
  子も孫も 妻も娘も これは皆
   神の結びし えにしなりけり   (三三四)
 
  曇りたる 人の心で 計るなよ 吾が子
   吾が妻 皆神の子じゃ      (三三五)

  よしあしも 神にまかせて 気は安し
   子供子供の 行く末も亦     (一一四三)

  両親が 浅き計らい するならば
   神の救ひを 子より切り断つ   (一一四七)
 
 子供たちも、学校へ行く時は「今日も一日無事でありますようお守りください」と神前でお願いし、また帰ってきたときには一番に「ただ今帰りました。今日も一日お守りいただき有難うございました」と神・先祖様に御礼を言う習慣をつけるようにしたいものである。 
 
  学び舎に 出で立つ時の 祈りこそ
   その日を守る 何よりのこと   (一五五一)

  学び終へて 吾が家へ帰り 先づ神の座へ
    つきて御礼 よく申すべし    (一五五二)
 
  みどり子は 計らいもなし 手だてなし
   疑ひもなし 只ひたむきじゃ   (一六一一)

  吾が心 不浄起らば 吾が父の
   み名を唱へて 心鎮めよ     (一九四七)
 

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