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その祈りが深く神霊や御霊に届けば

国や地域の為に命を落とした方には手厚く慰霊を行い、国や地域の守り神となっていただくように真摯な祈りを捧げてきました。また、戦乱であれば敵味方の区別無く、恨みや憎しみを去って、同じく守り神となっていただくように祀りました。
その祈りが深く神霊や御霊に届けば国家規模の災害や諸問題も、未然に防げたり良い方に収まるものと信じて、仇おろそかにすること無く祭祀を続けてきました。

〈明治天皇御製〉

わがくには神のすゑなり神まつる
昔のてぶりわするなよゆめ

とこしへに國まもります天地の
神のまつりをおろそかにすな

國のためいのちをすてしもののふの
霊や鏡にいまうつるらむ

國のためかばねさらししますらをの
たままつるべき時もちかずきぬ

《天皇皇后両陛下には靖国神社へのお参りを是非していただきたいと願うものです》
(このことを政争の具にするような誠なき者が、この国を穢しています。)

盆踊りや精霊流しは慰霊鎮魂の祭祀を地域で行った名残です。しかし、今は祭祀でなく娯楽や集客のイベントであり、本来の精神性を失い何よりも大事な、御霊を鎮めることは忘れ去られています。御霊が鎮まっていないことは、知らず知らずの内に人心や秩序の乱れを招き、社会に大きな不安や不幸、疫病、災害をもたらします。

今、日本人は昔と比べようも出来ない程、神仏先祖と隔絶してしまいました。それは個人の精神的な問題などと言う些細なことでなく、社会の秩序や自然の運行(霊妙極まりないムスビの働き)に関わる大問題なのです。それに気付かずにいることが、どれ程危険な状態か想像することはたやすいことです。この世の秩序が乱れると言うことは神様と人との繋がりが弱まり、人が神を見失ったということです。人が神を見失い、先祖との絆を断っては、人はまともに生きていけないと日本人は肝に銘じてきたはずでした。

自然即ち神なりとする神国日本です。口蹄疫、新燃岳噴火、鳥インフルエンザ、東日本大震災、台風水害など…。これらのことを私たちはどう考えるべきでしょうか?。

人は動植物の命を食べ物として頂かなくては生きていけません。日本人は食用にした動植物(命)に畏れと感謝の念を持って慰霊供養を行いました。しかし、今は毎日大量の食べ物が捨てられています。住まう家を始めあらゆる道具にも、その背後に命や神の存在を感じ畏敬と感謝を持ってお祓いやお清めをしたり、お供えをしていました。今、私たちは神(自然)に生かされている慎みを失ってしまいました。自然や生命を自分の利益の為の道具としか考えていません。

これでは神様やご先祖様のお怒りや警告を受けるのも致し方ないことです。神様とご先祖に自らの過ぎ来し方をはじめ、人類の身勝手な行いを省み、世の平安をお祈りしなくてはなりません。

この祈り(ささやかながら、己を捨てて人の為に行う行為)が皆様から多くの人に広がりゆくなら、やがて君民一体の祈りとして天つ神国つ神がお聞きになります。そして、世の中に大きな奇瑞・御蔭が現れ、人心が改まり明るい世が現れることになります。

日本が神国たる所以は国民が天壌無窮のご神勅を戴く神国の民として、明るい世の出現を確信してお祈りするところにあります。そして、世界平和の基は和の国の神話から始まります。

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