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神と人のあり方 19 (その3)

ここで参考として昭和天皇の御製を三首掲げてそれを見ておきたい。

天地の 神にぞいのる 朝なぎの
海のごとくに 波たたぬ世を

身はいかに なるともいくさ とどめけり
ただたふれゆく 民をおもひて(昭和二十年)

さしのぼる 朝日のひかり へだてなく
世を照らさむぞ 我がねがひなる(三十五年)

これらの御歌によって、陛下の御心が如何であったかが分かろうというものである。
この皇上の御心を慮って、神霊は『御神歌集』に次のように詠んでおられる。

畏しや すめみまの帝の おん嘆き
神人共に おん許しあれ

国鎮まり 民安かれと祈るのが
大神様の 大悲願なり

まこと、日本の神々は世界の国民同士の争いを心底嫌い、なによりも世界の平和をこそ希求される御存在であった。そして、それは今日においても、また未来永劫変わることはない…ということが、これらの御神歌を拝読することによってハッキリと分かるのである。
こうした日本の神々の大御心を理解せずして、あるいは無視して、神の名を語って人々を欺いたり、他国と戦争するなどということは今後断じてあってはならぬのである。そのためにも私たちは偏見を捨て、虚心坦懐にもう一度自国の神話や歴史を紐解き、この国の成り立ち(建国の由来)や天皇と御皇室の御事、神と人との本来的あり方、神々の御心のまにまに生きた先人の生きざまを学び取り、また何よりも神的なるもの(「神・佛・ほとけ」「親・先祖の霊魂」)への深い「畏敬の心」を取り戻さなければならぬと思うのである。

民草よ すめみまの御座を 軽んずな
尊きいわれ 身に秘めておけ

忠と言ふも 尊きいはれ 知らずして
定まるものに 非ざると知れ

日の本の神々、また日本各地に鎮まり給う土地の御神霊が、先の大戦において戦地であるいは国中において斃れていった多くの英霊たちに対して、如何に深く嘆き悲しんでおられたか、そして敵味方の隔てなくその「霊魂の救済」にどれほど心を砕いておられたかは、次の御神歌を拝すれば誰にも明白であろう。

早や救へ 戦に斃れし 霊魂ども
有縁無縁の 差別は無くに

外国の 霊魂も共に 救へかし
恨む霊魂は それが多いぞ

外国の 事を終りて 帰るもの
皆霊魂等を 共にしている

助けたや 戦に出でし 霊魂共
国の中にて 斃れし霊魂

みたま等を 連れておっては 危ないぞ
早や浮ばせて 帰らせること

とつ国の 神も霊魂も 吾が国の
神と霊魂の 仲良き友ぢや

私たちを日夜守護してくださる神霊の御心が一体何処にあるかを、私たちはいつも見失わぬようにして神意に添った生き方を心がけると共に、国家・国民と世界の平和を心から希求し、どんな事があっても人間同士が互いに命を奪い合うというが如き愚行は絶対に避けなければならないと切に願うものである。
例え呼名はそれぞれに異なろうとも、世界の国々にはそれぞれ、その国を守る民族特有の土地の神・国魂の神々がおられ、且つまた、その民族と風土に適した古来からの生活習慣、神話や歴史・伝統・文化、言語、宗教などがあり、私達は各々その「違い」というものをお互いに認め合い、尊重し合い助け合って、それ等を他国に決して強制したり押し付けたり、侵し合わないということ、これこそが世界の真の平和を築くための礎と、且つは第一歩とすべきであります。
(『日本神道の秘儀より』掲載)

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