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神霊の無限性

神霊のお力、お働きは無限のものであり、その人のまことの信が神に認められ、真に神霊のお力が頂ける様になったなら、此の世のたつき(世の業)などは、どのようにでもして頂けるものである。それらは神にはいと易いことだからである。

 限りなき 神の力を 受けて見よ
  身の定めなど 如何様ともなる

 神業で なしえぬ事の よもあらめ
  神の力は 無限無量ぞ

 限りなき 神の力を 授からば
  世の業などは もののはもなし

 神動き 人を動かす その時に
  千萬人の カ出で来る

 それにしても分かれば分かるほど、これほどまでに神々が私たち氏子を心底思い、気に掛けてくださっているとは、何と有り難い事であろうか。知らぬこととはいえ、これまでご無礼ばかりしてきたことを、私たちは深く神にお詫びせねばならないのではなかろうか。大神さまから「頼むぞ、どうか助かってくれ」とまで言われる民は、世界広しといえどもわが日本の民だけではないのだろうか。思えば思う程、実にじつに有り難い事である。

 救ひたし 助けたきもの 氏子等よ
  氏子頼むぞ 助かりてくれ

 助からぬ 氏子多くば 大神の       
  おん嘆きこそ おし計られぬ

 如何に時代が変わり、如何に人々の思想が変化していこうと、どこの誰がどう言おうとも、この日本の国は元もと神々が生み出され、神々が開かれた国なのであり、従って神々が神業によって治めて行かれる神の国なのである。

 神聞く 此の国こそは 神集ひ
  神業をもて 神治めゆく国

 神になれ 神になるなら 此の天地
  自由自在ぞ むげ自在なり 

 此の天地 神のものなり 又人のもの
  神も動かす 人も動かす

 吾が国は もとより神の 国なれば
  恵みの水は 溢れ居たるぞ

 寝ても醒めても、また何をしていようといまいと、みどり子をそだて育む母親のように、いつも優しく神々は私たちを見守っておられるということを、片時も忘れてはならないと思う。
 私たちは神の前には、一切の計らいを捨て、ただただ素直にその懐に抱かれる思いでおればよいのである。一心に神を信じ、すがってみられよ!。
 信ずるとは頼みて任す事。一心に神を信じてみよ!と神は教えておられるのである。

 思ひ見よ 神のみかげの その深さ
  吾が育てる 母のはぐくみ 

 底知れぬ 母の情けに まさるなり    
   神の恵みの 高き姿は

 寝つ起きつ 神の座にある 思ひせよ
  吾が霊 神に 抱かれてあり

 みどり子の 心に還れ 諸々の
  計ひすてて 神に抱かれよ

 まさに、わが国における神と人との関係は親と子、母親とみどり子の関係にあり、これほどうるわしいことはないであろう。しかも、日本の神々はわが国のことのみならず、世界の国々の平和と安泰をも常に希求しておられる偉大な存在なのであり、私たちはこうした素晴らしい国に生まれ合わせた幸せを心から感謝すべきではないだろうか。

 四方の国 ただ安かれと 祈る神     
  そは神州の 大本の神       

 「生死与奪の権は神にあり」というように、私たちは生きるも死ぬるもすべて、人間の寿命というものは神の御手に握られてあることを知って、いつも神を祈り、日々をおおらかに楽しく喜び勇んで、神と倶なる生涯を送らせて戴きたいものである。

 百人(ももたり)の 薬師(くすし)も よろずの薬をも
  甲斐なきものは 人の寿命ぞ

 定命を 延ばす力は 神にあり
  神のみ業の 外になきなり

 定めある 寿命は業(ごう)に 由るものぞ
  業を祓へば 如何様ともなる

 満つる幸 取る取らぬのは 民草の
  まことと霊魂(みたま)の 悟りにあるぞ

 神のみかげは 広大無辺 限りなし
  幾千萬年 先の世のこと

 神業は 時の流れに 乗り来る
  身に起ること 気をつけておけ

 心磨き 心澄ませば 神になる
  神になりくれ 神は待ちいる

 心浄まらば 神のみカ いやますぞ
  氏子励めよ 神の願ひぢゃ

 みかげとは 此の世あの世の 区別なく
  家内の末迄 救はるヽこと

      (『日本神道の秘儀』より掲載)

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