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タブーと慎み

近頃はお金になりさえすれば、また自分さえよければそれで良いというような行動が当たり前のようになっています。伝統的な価値や神仏・先祖に対する畏敬の念や人の生と死という人生の最も聖なる処でさえ、容赦なくタブーや慎みなど省みず変容しております。

たとえば、「おくりびと」という映画がありましたが、本来は葬儀は遺族が慎みを以て対処すべき事柄でした。ご遺体は積極的に見る物ではなく、見ることをはばかる(さらす)タブーがあります。
神話(古事記・黄泉の国訪問)のなかでイザナギの大神が黄泉の国に行った妻のイザナミの大神を訪ねるお話があります。妻をこの世に連れ戻そうとする夫に、妻は私の姿を見ずに、しばらく待ってくれと頼みます。約束を違えイザナギは妻のいわゆる腐乱死体を見て驚き、イザナミは恥をかかされたと大激怒します。命からがら逃げ還ったイザナギは千引きの岩でこの世とあの世の出入り口を塞ぐお話です。

遺体を見る事へのタブーは神代の時代から連綿と続く文化なのです

それを他人がショウアップして見せるなどと言うことは有り得ない話です。映画作品の評価とは別にして、文化伝統からは違った評価が為されるでしょう。

また、最近では葬式はいらない、そして、骨は海や空から散骨して欲しいなどという話もあります。黄泉の国のお話で出てくる千引きの岩はあの世(地下世界)とこの世(地上世界)を分ける境界であり、それは墓石に喩えられます。地下世界と地上世界が不用意に出逢えば大変な危険があります。それで、墓石によって出逢わないよう隔ててあるのです。
有史以来の葬送のあり方を、現代人の自分の都合だけで考えているとしか思えません。死者を粗末にし冒涜しているようにさえ思えます。

日本人が持っていた精神の豊かさが失われ、現実が変わってしまったからといって、それで済ませてよい問題ではありません。日本人、日本らしさその源は神と人の親子のような密接な結びつきの中にあるものです。タブーや慎みは倫理観からあらゆる行動規範(生き方・国のあり方)に関わる大事な文化です。皆様と知恵を絞って正しく後世に伝える必要を感じます。

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