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神とは命の大元・自然・命の本質

 普通はそれぞれの土地の神様を氏神と呼んでおり、その土地に住まう者を氏子と呼んでおります。しかしながら、その土地の神は本来は産土神と呼ばれ、祖先または自分を含めた郷党社会を守護する神様を言うのであります。
 そして、中世以来氏神が地域神化するに従い産土神と氏神が混同されていきました。産土神はその土地に存在するあらゆる命を支える存在であり、人にとっては魂を分け与えてくださった親であり、食べ物から生活に必要な物資をご用意下さるありがたい神様です(恵み)。

 私達の生活は、すべて自然の恵みによって行われております。住まう土地、飲み水、食物、生活用品、住まいを作る建設資材、空気に至るまで、どれをとっても自然の恵みであり、その土地にある全ての命(自然の営み)を支えるのが産土の神の働き(ご神徳)であります。
 この産土の神との関係が日本人の物の考え、感性、生き方という価値観を育ててきました。神を自然(宇宙)や自然の法則、命の本質(魂)と考えても良いでしょう。

 神と人との関係は親子関係で、神様は私達の面倒をいつも親しく見守ってくださる親であります。『神が命の大元・親先祖が命の元』、自分たちの元や大元を大切にしないで自分たちだけがが良くなる訳はありません。この価値観を破る生き方を昔の人は、『天に唾する・罰当たり・死んで親に合わせる顔がない』と言い伝えてきました。
 目に見えざる神のお働きに対し人は「当たり前のこと」として、このありがたい御陰を頂きながらも、感謝することを忘れ、「やれあれが欲しい、足りない、思うようにならない」とか、その欲望は止まることを知らず、不平不満は増えるばかりであります。

 目に見えざる力に畏敬を感じる心や物事に素直に感謝することを忘れ始めると、命の大切さや人としてどう生きるべきかということが解らなくなります。日本では長い間人々の畏敬の念や感謝すべき中心が、目に見えずとも命そのものを支えておられる産土の神々でありました。人は1分1秒たりとも神の恵みなしでは生きていけないと、日々感謝して美しく生きていくのが日本人が長い間行ってきた生き方でした。

 人は生まれてくる時も、死ぬ時も産土の神の導きがあります。昔から、子供を授けて欲しい、不治の病と言われても何とか助けたい、こんな時はお百度参りや水垢離を取って神仏に祈願をするということはよく行われてきたことです。人は経験的に神仏には人智を越えたお力があると知っていた訳で、それをことある毎に親から子に経験則として伝えてきたのであります。
 日本人は産土の神と共に培った価値観を尊び大切にしてきました。(随神の道=惟神の道=かんながらの道) それは不易の道、日月の運行が規則正しくあるように時代が変わりいかに科学が進歩しようと変わってはいけない、変わり様のないものなのです(天地悠久の大道)。

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